まさかのヒロイン!? 本当に私でいいんですか?

つつ

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閑話

【閑話】父と子

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 前の話で一旦の区切りになりましたので、いくつか閑話(と設定)を挟みます。
 最初はアディーラ公爵視点です。これは閑話といっていいかはわかりませんが。
 暴動が鎮圧され、学院が再開されたあとで、ミュリエル(マリ)連行前のやりとりになります。

------------
 

「ベイルです」
「入れ」

 息子の入室許可を求める声に私は頷いた。

 息子から家令を通して、話をしたいとの申し出を受けたのが、息子が学院から帰宅した二時間前のこと。
 とうとう心を決めたのだな、と理解して、私は複雑な思いで待っていた。

 執務の手を止めて、顔をあげる。私の前で立ち止まった息子の表情は硬かった。その硬さと連動するかのように口も重いようで、やれやれと思いながら話を促す。

「で、なんだ。話というのは」
「……先日伺った件についてです。進めていただいて構いません」

 つまらない答えだ。予想通りといえば予想通りではあるが、期待外れでもあった。
 ちょっとした嫌がらせに、進めてくださいとお願いしろとでも言ってみようか。そうしたら、こいつはどういう反応をするだろう。――まあ、試さないが。

「本当にいいのか?」
「婚姻は家と家の結びつきですから。私は家長たる父上の判断に従います」

 まるで自分は人形だと言っているも同然の答えに、私は大きくため息をついた。私は息子をそんなふうに育てた覚えはないのだが。

「腑抜けたな」
「……おっしゃる意味がわかりません。政略結婚とはそういうものでしょう?」
「だというのなら、お前はお前の意思で、家のためになるからこの婚姻を進めたいのだと言うべきだった。お前は、私が言ったからこの婚約を結ぶと答えたに過ぎない」

 最低限、私の言いたいことは伝わっただろう。だが、本当に言いたいのはそんな話ではない。

「それに、お前は確かに私の息子――アディーラ公爵家の息子で跡継ぎだが、エイドリアン伯爵でもあるだろう? 私はお前を一人の大人と見なして爵位を分け与えたつもりだ。責任だけでなく、与えたものもあるはずなんだがね」

 もう親の庇護がなくとも生きられるだろう、と暗に示す。
 とはいえ、この説明で私の言いたいこと全部を理解しろとは言わない。むしろ、あとでその意味に気づき、後悔すればいいのだ。

 確かに公爵家は大事だ。けれど、それがすべてではない。自分の息子を公爵家のための道具にするつもりはないし、息子が望むなら、公爵家の名に傷がつこうとも気にはしない。
 お国大事、公爵家大事の私にだって、そのくらいの度量はある。だからこそ、息子には自由にしてほしかったのだが――。

「父上。はっきりとおっしゃってください。あの子の裁判が開かれる前に、婚約を結べと命じたのは父上でしょう? 何がご不満なのですか?」

 息子がご執心だったミュリエル嬢が、ミュリエル嬢ではないようだと息子に告げられた日、私は息子にそれを命じ――いや、提案した。


 例の彼女とベイルとの仲は睦まじかった。以前のベルネーゼ侯爵令嬢とは明らかに違う接し方。正式にお付き合いはしていなかったものの、端から見れば恋人同士も同然で。

 公爵家としては容認しがたい事実だ。彼女がたとえ無罪だったとしても、裁判にかけられたこと自体が不名誉で、伴侶としては相応しくない。
 だから私は提案した。息子は騙されていただけなのだと――以前と同じように、接し続けていだけだと、そう対外的に示すために。

 裁判が開かれた時点で、別の婚約者がいれば表向き非難してくるものは出ないだろう。そう考えてのことだった。保身に走ったと言われればその通りだ。
 だがそれは、公爵家の名誉のためであり、そして息子の名誉のためでもあった。

 ただ、目下問題は、目ぼしい令嬢のほぼすべてが、王太子殿下の婚約者候補として手出しできない状況になっていたことだ。
 多くの貴族は幼少期に婚約者を決めてしまうが、王太子殿下の世代だけは別だった。王太子殿下は学院で相手を探すという慣習があるため、どの令嬢も婚約者を決めずに学院に入学する。

 我が家は、王家、大公家に次ぐ家格の公爵家だ。本来であれば釣り合うはずの家の令嬢たちは皆、王太子殿下の婚約者候補で、王太子殿下の婚約者が決定するまで、婚約の打診をすることはできなかった。
 非公式であればいいだろうと、最有力候補だった、ハーヴェス侯爵家のレイラ嬢にも打診したのだが、王太子殿下の婚約者候補であるということ以前に、当のレイラ嬢にすげなく断られてしまった。

 ――たとえ王太子殿下の妃候補から外れたとしても、わたくしは形だけの妻になるつもりはございません。

 私的で非公式の手紙。正直に言っていいと言ったところで本音を書く者などほとんどいない貴族社会で、まさかこうもはっきりと告げられるとは思っていなかった。
 あれは小気味よかった。ああいった女性たちが台頭するだろうこれからの時代も見てみたいものだ。

「父上?」
「ああ、いや……不満とは違うな。ただ私は、せめて裁判結果が出るまで待ってくれと言われるのではないかと思っていただけだ」
「ご冗談を。今の殿下は気がたっています。明日にでも捕縛令を出すでしょう。私の返事はこれでも遅かったと思っています。これ以上、待ってほしいなどとは申せません」

 頑固で真面目で融通の利かない息子。どうやら決意は固いようだ。

 ――ああ、そうか。

 不意に納得した。
 息子は恐れているのだ。後悔しているのだ。
 自分が、王家の臣としての立場をわきまえ、その役割をしっかりと果たしていたなら――ミュリエル嬢の異変にも気づけただろう。もっと早くにミュリエル嬢を助けられただろう。そして、彼女も罪を重ねずに済んだのに――と。

 そんなものは驕りだ。できないものはできない。けれど、こればかりは歳を重ねなければ、きっと理解できないのだろう。

「では進めるぞ――ドビオン伯爵令嬢との縁談を」
「はい」

 息子は躊躇いもなくうなずいた。

 正直なところ、この縁談は息子にとっても、公爵家にとっても、最善でもなければ次善でもない。相手は格下の伯爵家で、唯一の救いは神殿との縁を得られるということくらい――つまり妥協案でしかなかった。
 せめて、令嬢の見た目や性格が息子好みだといいと、それだけを願う。

「わかった。先方に正式に申し入れる。相手方も、こちらの事情は把握されているから、すぐにでも良き返事をくださるだろう。――明日から慌ただしくなるぞ」
「承知しております。では」
「ああ、待て。ドビオン伯爵家の……ええと、メリッサ嬢か。彼女に贈りものの一つでも用意しておくように」

 すると息子はきょとんとした顔をして、それからわずかに眉を寄せた。

「……そうですね。そうします」

 ああ、これは絶対に自分で選ばないなと確信しながら、息子を見送った。




 もっと早くに息子を止めていればよかったのだろうか。息子が彼女への想いを深める前に、無理やりにでも婚約者を宛がっておけば、真面目な息子は婚約者を気遣い、彼女に深入りすることはなかったはずだ。

 公爵だろうと、未来のすべてを見通すことはできない。
 今さらもしもの話を考えたところで、どうすることもできなかった。

 私は息子を止めなかったし、息子が恋した相手も、ミュリエル嬢ではなく、別人だった。これはもう変わらない現実だ。
 しかも彼女は、おそらく身分も何もかもが釣り合わないだろう相手。下手をすると――王太子殿下はすでにそうだと信じているようだが――彼女はミュリエル嬢の体を無理やり奪った大罪人だ。

 彼女がどこまで息子に本気だったかはわからない。息子は弄ばれたのだと考える人の方が多いだろうことも事実だ。

 けれど私は。

 私は自慢の息子が、そんな女性に籠絡されたとは思えなかった。ましてや、ミュリエル嬢は、どちらかといえば美人のうちに数えられるが、それこそ赤子のころから見ている見慣れた姿だ。今さらその見た目に惑わされることもないだろう。

 ――ああ、そういえば。

 ふと、息子が恋した彼女の名前が気になった。果たして、息子は知ってるのだろうか。

「旦那様。少し休憩されてはいかがでしょう?」

 使用人の声で現実に引き戻される。気づけば、息子が部屋を出て行ってから一時間がたっていた。

「ああ、そうだな。気持ちが落ち着くお茶を入れてくれ」
「かしこまりました」

 笑わなくなった息子。その我が子の未来を案じ、私は小さく息をついた。

 
 
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