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Ⅶ 待ち受けていたのは
104. 手と手
しおりを挟む差し伸べられた手を戸惑いながら見ていると、レイラ様が焦れたように口を開く。
「何をしてるの。行くのでしょう?」
その手は、牢を出ようという手だった。そう理解はしたけれど、やっぱり、その手は取れない。
だって、逃げたところで、私の状況が変わる訳ではないのだ。
家族もなく、愛する人とも会えない。罪も背負わされたままで、逃亡者然として暮らし続ける。
そんな暮らしに耐えられるだろうか。そもそも、そんな生に意味があるのだろうか。そんなふうに寂しく生きるくらいなら――。
「もう! 余計なこと考えないの。いいわ、私が決めて差し上げますわ。あなたはここを出て、国外で生きるの。それで――私の仕返しをいい子で待つのよ。いいわね」
レイラ様はもはや返事も待たず、私の腕を掴んだかと思えば、強引に牢から連れ出した。
そして、そこから城を出るまで、誰かとすれ違うことはなかった。
外に出ると、そこには星空が広がっていた。冷たい冬の空気が肌を刺す。体をぶるりと震わせて、私はまだ、自分が生きているのだと知った。
「いいこと? 私が幸せになるのを確認するまで、あなたは絶対に死んではいけないのよ。もし死んだりしたら――その魂ひっ捕えて、夜な夜な火あぶりにして差し上げますからね!」
何やらレイラ様が必死に叫んでいる。
私がレイラ様に視線を戻すと、レイラ様ははっとして表情を変えた。いつもの強気な顔から、困惑気味の表情に。
「ではなくて――ああ、もう、違う。違うのよ。ごめんなさい」
レイラ様は視線を泳がせる。けれどすぐに、これまで以上の真剣なまなざしで私を見た。
「聞いて、マリ。私、本当はずっと、あなたの努力を認めていたわ。それから、ずっと……あなたが頼ってくれるのを待ってた。勉強だって、神秘だって、教えてっておっしゃったなら、いくらだって教えて差し上げたわ。私はあなたの――友人ですもの。でも同じ侯爵家の身。乞われる前に助けるなんてできなかった」
私は必死にレイラ様の言葉に耳を傾ける。この言葉が、とても大切なものだと感じたから。
「本当にごめんなさい。あなたが公爵家の体面などを理解していないってわかっていたはずなのに。だから私は、自分からあなたに手を差し伸べなかったこと――後悔してるわ」
じわじわと言葉の意味を理解する。胸に熱い想いが込み上げ、唇が震えた。
「レイ――」
「生きて、マリ」
決して弱さを見せることのないレイラ様の眦に光る涙。
用意された馬車の前、私はレイラ様と固く抱きしめ合った。
それからしばらくして、私は御者に急かされて馬車に乗った。レイラ様は別の所に自分の馬車を待たせているそうで、ここに用意されていた馬車に乗ったのは私一人だ。中にはすでに、旅に必要なものが積まれていた。
「馬車が出たら、まず荷物を確認してちょうだい。身に着けるべきものは身に着けて。この御者は隣町まで連れていってくれるわ。そこからはまた別の者に頼んであるから、その者を頼って。それから――」
「レイラ様、大丈夫です。見られたら大変ですから、レイラ様も早く戻ってください」
御者に急かされたことで、ここがまだ安全地帯でないことを思い出させられた。
馬車の中を見ただけで、どれほどレイラ様が心を砕いてくれたかがわかる。今さら説明など必要なかった。
「そう、だったわね。そうさせていただくわ。では、気をつけて……いってらっしゃい」
「うん。レイラ様も」
名残惜しくも別れを告げて、私は馬車の座席に深く腰掛ける。
そして御者が馬車のドアに手をかけて――閉める間際、レイラ様が再び私を呼んだ。
「待って、マリ」
私は少しだけ身を乗り出して、顔を覗かせる。レイラ様は私のほうへと手を伸ばし、ウエストのリボンの隙間に何かを押し込んだ。
「落ち着いたら確認しなさい」
「……うん」
それは、手の平に容易に収まるサイズの革の巾着。
なんだか、とても大切なもののような気がした。
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