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Ⅷ 優しさ、たくさん
111. ばれちゃった?
しおりを挟む「……そういうことか」
ご領主様の口から言葉がこぼれ落ちた。その言葉と向けられた視線に私はただただ戸惑う。ざわざわついていた周囲もあっという間に静まり返り、時が止まったかのような錯覚に陥った。
混乱と困惑の時間。ただ、わからないながらにも、一つ、確かなことがあった。ご領主様は私を見て、抱いていた疑問を一つ解消したということだ。
あのあと――ジジさまがこの村に神秘を使える者がいると告げたあと。幸運なことに、それについて深く追究されることはなかった。
ご領主様はただ、よかった、ありがとうと言い、神秘の器具はこれまで通り活用してほしいと申し出を取り下げてくれた。それから村を見て回りたいとおっしゃって、ジジ様と連れだって家を出てきた。
お付きの人を含めて三人。ご領主様たちが進むのに合わせて、ジジ様の家を囲っていた村人たちの人垣が割れる。
一歩、また一歩と進まれ、他の村人たち同様、道を開けた私とドードーさん。けれど、その時、ご領主様の足が止まった。ご領主様は私に目を留められ――。
そして、冒頭に戻る。
「ちょ、あ、おい、ドードー」
まっさきに我に返ったのはバッソさんだった。ご領主様の後ろから私を見て、慌てた様子で声を上げた。この状況が理解できたのだろうか、と説明を求める眼差しを向けるが。
「ん? え、あ、うわっ」
ドードーさんもまた私を見て、ぎょっとした声を上げた。
「リ、リアちゃん、ちょっと中に入ってよっか。な?」
わけもわからないまま背を押され、お隣の家へと導かれる。ドードーさんの家でもないがいいのだろうか――と思ったところで、ご領主様の制止が入った。
「待ちなさい」
あー、とか、うー、とかいう諦念の声がどこからともなく聞こえる。
ご領主様はその長いコンパスであっという間に私との距離を詰め、そして、私を見下ろした。――思っていたよりもかなり背が高い。
「君はどうして泣いている」
「――え? あ……」
指摘されて初めて、自分が泣いていたことに気づいた。ということは、ご領主様が私に目を留めたのは泣いていたからか。
「も、申し訳ありません」
どうしてと言われても理由などわからない――し、そもそも話したところで、ご領主様は興味ないだろう。
ただ問題は、ご領主様の前で泣いてしまったこと。それを不快に思われたのだとしたらまずい。
「名前は」
「リア、です……」
視線を合わせていられなくて、すぐに顔をうつむける。けれどそのあとも、私に向けられるご領主様の視線をひしひしと感じた。
「よくあるのか?」
今度の質問はドードーさんに向けられたもののようだった。ドードーさんからは明らかな困惑が感じられ、私はそっと窺い見る。
「ええと、たまに、でしょうか」
「いつから?」
「いちね……いや、だ、だいぶ前から、としか……」
「なるほど」
それからご領主様はぐるりと村人たちの顔を見回し、呆れたようなため息をついた。
「まったく。この村の者たちは、優しすぎるな」
その口調から、暗に甘やかし過ぎだと言っているのがわかった。それに対し、むっとした顔を見せたのが数人、視線をそらしたのが数人。
けれど、表立っての否定の声は上がらなかった。
ご領主様の視線が再び私を捉える。
「何があったかは知らないが、君はそれで後悔しないのか?」
私はわからない、と首を振った。
「時が解決してくれるものも、大いにあるだろう。だが、それだけの時を使うということは、別に得られたかもしれない何かを失うことでもある」
乾物屋のおばちゃんも、バッソさんも、ドードーさんも、お針のお姉さんも、ジジさまも……みんな大丈夫だと、今は疲れた心を休める時間だと、そう言ってくれていた。
たぶん、ご領主様はそれと逆のことを言っている。
「厳しいことを言うようだが――私は君に、しっかりと向き合えと言おう。村人たちの優しさに甘えるな、と」
わからない。わからない。
ご領主様の言うことが理解できない。でも、ご領主様もきっと私をわかっていない。
私はただ平穏に暮らしたいだけ。そのために過去のことは忘れた。
新しい暮らしを始めた私には、今さら向き合うべきものなんて――何もない。
何もない、はずだ。
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