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Ⅷ 優しさ、たくさん
113. ぼっちゃまの置き土産
しおりを挟む「この期におよんでまだとぼけるのか!」
「相変わらずおめでたい頭をしているんですね」
場面が次々と切り替わる。
「私がご用意したお土産は、一つしかなかったかと思いますが?」
知りたくなかった事実。そして、外された視線。
「ミュリエルお嬢様に謝罪を」
鋭い視線はすべて私に向けられていて。
味方は誰もいない。
「行くぞ」
耳に奔る小さな痛み。
ワインレッドの絨毯と、踏みつぶされ砕けたピアスの白い花。
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
私は飛び起きた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
乱れた呼吸音と、早鐘のようになり続ける鼓動。
脳裏には、つい先ほどまで見ていた夢がまだちらつき、私の心を乱し続けた。
「イヤ。ヤダ、やめて……お願い……」
寝床から飛び出た体は夜気にさらされ、滝のように掻いていた汗も急速に冷やされた。ぞくりと寒気が奔り、病み上がりのようなふわふわとした脱力感に襲われる。
鈍った感覚の中、焼印だけが引きつったような痛みとともに存在感を主張していた。もうだいぶ前から痛みなんてなくなっていたというのに。
自分の家の、自分の寝床。異変はない。
ただ、自分の心だけが、いつもと違っていた。
「忘れて、いたかったのに」
ご領主様のせいだ。
昼間、ご領主様があんなことを言ったから――と、八つ当たりするが、乱れた気持ちは落ち着かない。
そして油断した瞬間、また夢で見た映像が甦り、涙があふれ出る。
つらかった。苦しかった。悲しくて、悲しくて、どうしようもなかった。
「ううっ、くっ、ひっく」
ぼろぼろとこぼれる涙はずっと止まらなくて、すぐに目も頭も痛くなった。
「ど、うして…な……」
忘れたかった。でも、やっぱり忘れられなかった。忘れられていなかった。
なにがいけなかった? どうすればよかった? どうすれば……。
――ベイル様。
どんなにあなたが私を憎んでも、私はまだ――。
「あれま、また目がひどいことになってんね」
翌日、かなり日が高くなってから乾物屋のおばちゃんの元を訪ねた。村に顔を出さなければみんなが心配するし、買い物も必要だったから。
「悔しいけども、ご領主様の言った通りだったかね」
「……え?」
唐突な言葉に私は戸惑う。けれどそんな私もおばちゃんは、ただ慈しむように見ていた。
「リアちゃん、つらいか?」
「――うん」
「泣いたか」
「うん」
「大丈夫。それが正常な反応だ」
おばちゃんの笑みが深まる。
「なに言って」
「私は嬉しいよ。リアちゃんがきちんと感情を出せるようになって」
「それ、は……いままでだって」
「笑ってはいたね。けど、それだけだ。心はずっと泣いていたんだろうよ。思わず涙がこぼれてしまうほどに」
なんとも感じていないのに、涙がこぼれる。それがよくない状態だったのだと、おばちゃんは言った。
そうか。そうなのか。
突然、それは腑に落ちた。
言われてみれば、考えるまでもなくそうだとわかるんだけど、それすら認識できないくらい、色々と感覚が狂っていた――みたいだ。
笑えるから大丈夫だなんて、まったく大丈夫じゃなかったのに。
お店で干し肉を買って家に帰る。
料理をしながらもうわの空で、意識はおばちゃんとの会話や、あの日々の記憶へと行きつ戻りつする。
つらかった。
苦しかった。
痛かったし、悲しくもあった。
あの頃、確かにそんな感情があったのだと、今になってようやく理解する。
理解して、思い出して、また涙がこぼれた。
料理の手が止まる。
「寂しい、よ……ベイル様」
口に出すと、よりいっそう寂しさが増した気がした。
「――でも、これが正常」
あふれ出る涙を袖で拭って、かまどの火を消す。
出来上がった料理は、いつもより少ししょっぱかった。
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