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Ⅷ 優しさ、たくさん
114. 来訪者、再び
しおりを挟むご領主様の訪問から数週間、再び、村の入り口に立派な箱馬車が止まった。
奇しくもそのとき私は、農夫のおじさんと一緒にその近くにいた。
ご領主様の訪問以来、夜ごと枕を濡らし続けている私は、この日も泣き腫らした目で、けれどもすでに習慣となっていた村人たちのお手伝いをしていた。そして今は、朝の畑仕事が一段落し、一旦休憩にしようとしていたところだった。
「まーた、立派な馬車が来たなぁ」
自然と足が止まっていた。私は、無意識のうちに身を隠せる場所を探す。
先日いらしたご領主様がまた来たのであればまだいい。けれど、もし違うのだとしたら――。
お腹の底から湧き上がる恐怖に背を震わせる。けれど隠れようと動く前に、御者台の青年たちと視線が絡んでしまった。
馬車までは十メートル弱。御者の隣に座っていた青年は、身軽に馬車から飛び降り、あっという間に私たちとの距離を詰めた。
「突然の訪問失礼する。我が主がこの村を視察をご希望されている。村長に取次ぎを願いたい」
「へ……はっ、た、ただいま!」
農夫のおじさんが返事もそこそこにすっ飛んで行った。結果、私はこの場に一人、取り残される。
「では、私は主にお声掛けしてまいります」
従者と思しき青年は小さく会釈して戻っていった。けれど、私がほっとするまもなく、その手が箱馬車の扉にかかる。
ちょっと待って! という私の心の叫びは声にならず、無情にも扉はすぐさま開けられた。
中から、透き通るような白い手が伸びた。従者の青年の手を借りて、まずご夫人が降りてくる。それに旦那様が続き――。
お二人とも深く帽子をかぶられていた。顔も見えない。せいぜいわかるのは、お二人の長く連れ添った雰囲気から、おそらく三十は越えているだろうという程度だ。貴族であることは確実だろうけれども。
そうして馬車を降りたご夫婦は、物珍しそうに周囲を見回す。
見回したところで、何もないだろうに――とツッコんで現実逃避する私は、正直なところ、そのご夫婦から目が離せなくなっていた。確とした理由はない。ただ――。
見たことある――気がするのだ。
とその瞬間、ご夫人と目が合った。
でも、私は動けない。代わりに、どうしよう、逃げなきゃと焦りが募り、パニックに陥る。
知っている顔かどうかはわからない。ミュリエルのときの記憶は薄れてしまっているから。でも、たぶん……知っている顔だ。
見つかった。
見つかってしまった。
とうとう見つかってしまったのだ。
「し、つれいします!」
近づいてくるご夫婦に背を向けて、私は脱兎のごとく逃げ出した。
村の中を勢いよく駆け抜ける。
早く逃げなきゃ。早く家に戻らなきゃ。違う。駄目。すぐにでも村を出なきゃ――。
「おい、リアちゃん! どうした、待て。待てったら!」
ふいに腕を掴まれて、強制的に引き止められる。怯えるように顔を上げれば、知った顔があった。そして、その人物は、私と目が合うなり顔をしかめる。
「おい、顔が真っ青――」
その人物がバッソさんだと気づいた瞬間、私の意識は途切れた。
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