122 / 188
Ⅷ 優しさ、たくさん
115. ただいま混乱中
しおりを挟む目を開けると知らない天井が見えた。瞬間、飛び起きる。
知らない天井、知らない部屋。私は半ばパニックになりながら入り口へと駆ける。そして、外に出ようとしたとき、真正面からドン、と鈍い衝撃を受けた。
「おう。起き――」
「やっ、や、ヤダ! ヤダヤダヤダ!」
逃げられない。捕まった。殺される。一瞬にして脳裏が恐怖で埋め尽くされる。
「リアちゃん!」
男性の一喝。ビクリと肩を震わし、それから、おかしいと気づく。
「リアちゃん、俺だ。バッソだ。落ち着け」
「あ……」
おそるおそるぶつかった人から離れ、顔を上げると、よく見知った黒くてちょっとごついバッソさんの顔があった。
「バッ、ソ、さん……?」
「そうだ。バッソだ」
それからゆっくりと部屋を見回すと、ここが、知らないけれども見慣れた雰囲気の部屋だとわかる。
「村……?」
「おう。俺んちだ。中に入れたのは初めてだな」
「そっか、よかった……」
「っと」
崩れ落ちた私をバッソさんが慌てて抱き止める。荷運びで鍛えられた腕はたくましく、片手でもまったく危なげなかった。
「まあ、座れや。白湯でも入れよう。それとも、薬湯のほうがいいか?」
「さ、白湯で」
「ちぇっ」
即答するとバッソさんは舌打ちした。
バッソさんが入れる薬湯は村でも一、二を争うまずさだ。私はどんなに体調が悪かろうが、バッソさんの薬湯だけは飲まないと決めていた。幸いにも、これまで私が体調を崩した時、薬湯を入れてくれるのは乾物屋のおばちゃんだったので、被害にはあっていないが。
「バッソ、どうだい?」
乾物屋のおばちゃんを思い浮かべたタイミングで、ちょうど本人が顔を出した。普段と変わらない、穏やかなおばちゃんの笑みに思わずほっとする。
「ああ、ちょうど起きたとこだ」
「そうかい、じゃまするよ」
どうやらバッソさんは乾物屋のおばちゃんを呼びに行っていたらしい。おばちゃんはまっすぐに私の元へくると、心配そうに顔を覗き込み、やさしく頬に、額にと触れた。
「うん、まだちょっと青白いが、大丈夫そうやね」
私は頷く。もとより体調が悪かったわけではないのだ。少し、いや、かなり驚き、怯えてしまっただけで――。
思い出した瞬間、怖くなった。小刻みに体が震え、頭が真っ白に――。
「リアちゃん」
「あ……」
「大丈夫。大丈夫だから、しばらくここにおりなさい」
しばらくここに――つまり、バッソさんの家にいるということか。
でも、バッソさんの家は村の中にある。村の中は、危険だ。見つかってしまう。
「これ。私の言葉は信じられないかい?」
私は一瞬迷うも、首を横に振る。乾物屋のおばちゃんは、私がこの村に来たときからずっと私を気にかけてくれた人だ。信じられないなどと言ったらバチが当たる。
「ん、大丈夫さ。リアちゃんはここでゆっくり養生してればいいんよ。今日は私もここにおるから」
「うげっ。んじゃ俺はどこで寝んだよ」
「その辺に転りゃいいだろう? 安心しな。馬鹿は風邪ひかん」
「ひでぇ」
いつもどおりのやり取りに思わず気が抜ける。大丈夫、という乾物屋のおばちゃんの言葉がすっと心に染みた。
バッソさんの家は、私の家よりは家らしい作りだったが、板敷きとなっている場所はあまりない。おばちゃんと私が寝たらそれでスペースは埋まるだろう。私は申し訳なくなって、帰ると告げようとしたけれど。
「リアちゃんは気にしなくていいからね」
「なんで干しばーさんが言うかね。いや、まあ、間違っちゃねーけど。まあ、そういうことだ。リアちゃんは気にすんな」
口に出す前に言葉を封じられてしまった。
本当に、この村の人たちは私を甘やかすのが上手い。
0
あなたにおすすめの小説
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる