まさかのヒロイン!? 本当に私でいいんですか?

つつ

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Ⅸ もう後悔なんてしない

128. あの頃の私

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「私が以前、この町に住んでいたことはご存知ですか?」

 思い返せば、こんな話すら一度もしていなかった。わけもわからぬまま拘束され、裁判では何一つとして言い分は聞いてもらえず……。入れ替わった場所がこの町であるから、私がここにいたこと自体は知られているかもしれないけれど、というレベルの調査しかされていなかった。

「私はこの町の孤児で……ここで、盗みを働きながら生きてきたんです」

 生きるためには仕方なかった。でも、仕方ないことと罪でないこととは無関係だ。商品を盗まれた店にとっては、私が盗人で、罪人であることに違いない。
 先程、私に声をかけて来た肉屋にとっても、まさにそれ。

「あのころとは風貌も変わったし、服装も……侯爵家のお仕着せは立派だから、ばれないと思ってたんです。けど、さっき……以前、よく盗みに入っていた肉屋の主に見つかってしまって」

 声をかけられ、追いかけられてしまった。
 なんとか撒けたと思たけれど、実際は、肉屋のおやじが追いかけるのをやめただけではないか、なんて考えも浮かぶ。

「それで早くに戻ってきたんです。あのまま町を回っても、また別の誰かに見つかってしまうと思って」

 かつて実際に商品を盗んだときも、追いかけられた。追いかけられて、捕まって、殴られた。その痛みの記憶は体に染みついている。思い出すだけで体が震えた。

「他にもまだどこか、確認したい場所があったの?」
「いえ。ただ、少し、聞き込みをしようかと思っていて。当時のことを覚えている人がいたら、私の他にも、メリッサさんを見かけた人がいたんじゃないかと思って」
「そう」

 奥様は頷き、思案する様子を見せた――かと思えば、突如としてにこやかな笑みを浮かべる。

「いいわ。私がひと肌脱ぎましょう」
「え……?」
「よく盗みに入っていた店というのは他にもあるのかしら」
「え、あの……?」

 わけがわからなかった。ただ確実なのは、奥様の手を煩わせるわけにはいかないということ。

「い、いけません、奥様。これは私の問題なんです。奥様に何かしていただくわけには……」
「いいえ、もう決めたの。あなたはちょーっとだけ、私の言うとおりになさればいいわ」

 私は救いを求めるようにアメリアたちメイドを探し――人払いをしたきりだったと気づく。
 お手上げだった。奥様はお優しく人当りがいいけれど、なんだかんだ言って、笑顔だけで自分の意見を通してしまう恐ろしいお方でもあるのだ。道中を共にした約三週間。その間によく身に染みていた。

「納得してくれたわね。では、マリ」

 返事をしようとして固まる。あまりにも自然に呼ばれて、聞き流しそうになってしまったけれど。

「お、奥様……どうして……?」
「あら、なにか? 名前のことなら間違ってはいないでしょう?」
「でも、私はリアと」

 そう、リアとしか名乗っていなかった。奥様は私がミュリエルと入れ替わっていた人物だとを知っているから、どちらの名前で呼ばれても構わないと言えば構わないのだけれど。
 ただ、マリという名前を知っていたことに戸惑いが隠せない。

「どこで、その名前をお知りになったのですか」
「あなたを――ミュリエルを見つけた村ね」

 私が茉莉の記憶で目覚めたときにいた村ということか。でも。
 やっぱりわからない。納得がいかない。奥様は私を、マリを調べたのだろうか。ミュリエルの体を奪ったとされているマリを。

「続けてもいいかしら? それともまだ気になることが?」

 娘に辛い思いをさせた私のことなど、調べたくもなかったのでは? なんて聞けなくて、私は小さく頷いた。

「そういえば、最初の質問にまだ答えてなかったわね」

 そう言って奥様はアディーラ公爵家の今を教えてくれた。
 ベイル様の婚約は継続中。現状、問題は生じていないそうだ。

 よかった、と胸をなでおろしつつも、もやもやとしたものがつきまとう。入れ替わりの原因を解明しないことには、このもやもや感は晴れないのだろうか。
 だとしたら、いつになったらすっきりするのだろう。

 
 
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