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Ⅸ もう後悔なんてしない
129. 奥様は楽天家?
しおりを挟むベイル様は無事だった。名誉を傷つけられることもなく……変わらず、メリッサさんの婚約者でいるという。
これで知っておきたかったことの一つが知れた。これも奥様のおかげだ――とそこまで考えて、先ほどの思いが甦る。
引き返してまで迎えに来てくださったという行為。何も聞かないでいてくれた道中。どこをとっても感謝しかないというのに、早く別れたいという態度を隠しもしなかった自分。
恥ずかしさと申し訳なさがこみ上げてきた。
「奥様……これまで、申しわけありませんでした」
突然すぎる発言だ。けれど奥様は動じることなく微笑みで応えた。まるで、私が言わんとすることをわかっていたかのように。
そんな奥様に甘えてはいけないと、私は言葉を続ける。
「その、こんなにもよくしてくださっているのに、私、奥様のこと……ちゃんと信用できていなくて……。ずっと失礼な態度を取っていたこと、反省してます」
「構わないわよ。私はマリのこと信用してるもの。何も問題などないわ」
「ですが……いえ、ありがとうございます。あの……その、改めて、よろしくお願いします」
「ええ。こちらこそ」
受け入れてもらいほっとした。同時に、急に気恥ずかしくなった。信用だなんだなんて話は、日常生活の中でするものではない。すぐに記憶を消してしまいたくなった。
「ええと、そうだ。奥様は何かご存知ではありませんか? 入れ替わりのときのこととか」
急な話題転換。多少不自然なのは致し方ない。とにかく空気をかえたかった。
「そうね……捜索隊からは、家出したミュリエルが侍女をしていて、この町で入れ替わったという話を聞いたわ。町の人からは、ミュリエルの体が忽然と消えたなんて話も聞いたわね」
ドキッとした。奥様はさらりと言ったけれど、忽然と消えた? そんなことがあったなら、かなり物騒だ。
「奥様、それはどういう……」
「気になるの? では順を追って説明しましょうか」
奥様は思い出しながら、丁寧に話し始めた。
ミュリエル様の家出が発覚して、まず侯爵家の人たちで捜索隊が編成された。けれど、周囲に知られれば醜聞にもなりかねず、ひそやかに準備したために、捜索の開始が遅れてしまう。ミュリエル様の向かった方角を掴むだけでも、家での発覚から何日もたってしまっていたという。
それでも何とか足跡をたどっていくと、やがてディダにたどり着いた。なんとなく浮足立った雰囲気の町の様子に不審を抱き、町の人に尋ねたところ、訪問していた子爵様の侍女がいなくなるという騒動があったのだという。その騒動から一週間たつかどうかというタイミングだった。
そこで聞き込みを進めた結果、侍女がミュリエル様だとわかり、その侍女が忽然と姿を消したという話を耳にしたのだ。
「問題が解決したから、ミュリエルを侍女として雇っていたグラッセラ子爵は町を出てしまったと聞いてね、彼が向かったという湖畔の保養地に、追いかけて行って話を聞いたのよ」
グラッセラ子爵は、侍女がベルネーゼ侯爵家の令嬢だったことを知らず、非常に驚かれたという。そして問題が解決したとはどういうことかと尋ねたところ、ミュリエル様は誰かに誘拐されたりしたのではなく、自らの意思で離れていったのだと話した。
「はじめから人混みに紛れて姿を消すつもりだった、と言われてしまえば、そうかもしれないと言わざるをえなかったわ。だって、ミュリエルは家出だったのだもの。侯爵家の捜索から逃げおおせるためだったのかもしれないと思うでしょう?」
奥様が「忽然と消えた」という話をさほど重く受け止めなかった理由がよくわかった。けれど、私はむしろ、それこそがミュリエル様が意図的いなくなったんじゃない証拠のように思えた。ひいては、入れ替わりが偶然ではなかったと考える根拠になりうるとも。
「あのとき、私もミュリエル様も倒れていたと思うんです。その時点ではすでに、私がミュリエル様の体に入っていたんじゃないかと思いますが……私は自分でその場を離れた記憶がありません。たぶん、意識を失っていたと思います」
「あら……もう少し気にした方がよかったかしら。でも、グラッセラ子爵はよく捜してくださっていたし、書き置きがあったっておっしゃってたから、事件性は低いと思ったのよね」
入れ替わりと、消えたことに関連性があればと思って詳しく聞いてみたけれど、結局、わからなかった。現状では、違和感があるとしか言いようがない。
ただ、ミュリエル様を侍女として雇っていた子爵様の名前がわかったことは大きな収穫だった。何とかして話を聞くことはできないだろうか。間違いなく子爵様はその現場に居合わせていたのだから。
それはさておき、まずはこの町でできることをしなくては。
けれど、どうやって聞き込みすればいいだろうか。顔を隠せればいいのだけれど、そんなことをしていたら、不審すぎて聞き込みどころではない。
「お茶がなくなってしまったわね。アイリスを呼ぶわ」
奥様がパンパンと手を叩くと、すぐさまメイドたちが入室してきた。
こうして奥様との密談の時間は終わりを告げた。
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