137 / 188
Ⅸ もう後悔なんてしない
129. 奥様は楽天家?
しおりを挟むベイル様は無事だった。名誉を傷つけられることもなく……変わらず、メリッサさんの婚約者でいるという。
これで知っておきたかったことの一つが知れた。これも奥様のおかげだ――とそこまで考えて、先ほどの思いが甦る。
引き返してまで迎えに来てくださったという行為。何も聞かないでいてくれた道中。どこをとっても感謝しかないというのに、早く別れたいという態度を隠しもしなかった自分。
恥ずかしさと申し訳なさがこみ上げてきた。
「奥様……これまで、申しわけありませんでした」
突然すぎる発言だ。けれど奥様は動じることなく微笑みで応えた。まるで、私が言わんとすることをわかっていたかのように。
そんな奥様に甘えてはいけないと、私は言葉を続ける。
「その、こんなにもよくしてくださっているのに、私、奥様のこと……ちゃんと信用できていなくて……。ずっと失礼な態度を取っていたこと、反省してます」
「構わないわよ。私はマリのこと信用してるもの。何も問題などないわ」
「ですが……いえ、ありがとうございます。あの……その、改めて、よろしくお願いします」
「ええ。こちらこそ」
受け入れてもらいほっとした。同時に、急に気恥ずかしくなった。信用だなんだなんて話は、日常生活の中でするものではない。すぐに記憶を消してしまいたくなった。
「ええと、そうだ。奥様は何かご存知ではありませんか? 入れ替わりのときのこととか」
急な話題転換。多少不自然なのは致し方ない。とにかく空気をかえたかった。
「そうね……捜索隊からは、家出したミュリエルが侍女をしていて、この町で入れ替わったという話を聞いたわ。町の人からは、ミュリエルの体が忽然と消えたなんて話も聞いたわね」
ドキッとした。奥様はさらりと言ったけれど、忽然と消えた? そんなことがあったなら、かなり物騒だ。
「奥様、それはどういう……」
「気になるの? では順を追って説明しましょうか」
奥様は思い出しながら、丁寧に話し始めた。
ミュリエル様の家出が発覚して、まず侯爵家の人たちで捜索隊が編成された。けれど、周囲に知られれば醜聞にもなりかねず、ひそやかに準備したために、捜索の開始が遅れてしまう。ミュリエル様の向かった方角を掴むだけでも、家での発覚から何日もたってしまっていたという。
それでも何とか足跡をたどっていくと、やがてディダにたどり着いた。なんとなく浮足立った雰囲気の町の様子に不審を抱き、町の人に尋ねたところ、訪問していた子爵様の侍女がいなくなるという騒動があったのだという。その騒動から一週間たつかどうかというタイミングだった。
そこで聞き込みを進めた結果、侍女がミュリエル様だとわかり、その侍女が忽然と姿を消したという話を耳にしたのだ。
「問題が解決したから、ミュリエルを侍女として雇っていたグラッセラ子爵は町を出てしまったと聞いてね、彼が向かったという湖畔の保養地に、追いかけて行って話を聞いたのよ」
グラッセラ子爵は、侍女がベルネーゼ侯爵家の令嬢だったことを知らず、非常に驚かれたという。そして問題が解決したとはどういうことかと尋ねたところ、ミュリエル様は誰かに誘拐されたりしたのではなく、自らの意思で離れていったのだと話した。
「はじめから人混みに紛れて姿を消すつもりだった、と言われてしまえば、そうかもしれないと言わざるをえなかったわ。だって、ミュリエルは家出だったのだもの。侯爵家の捜索から逃げおおせるためだったのかもしれないと思うでしょう?」
奥様が「忽然と消えた」という話をさほど重く受け止めなかった理由がよくわかった。けれど、私はむしろ、それこそがミュリエル様が意図的いなくなったんじゃない証拠のように思えた。ひいては、入れ替わりが偶然ではなかったと考える根拠になりうるとも。
「あのとき、私もミュリエル様も倒れていたと思うんです。その時点ではすでに、私がミュリエル様の体に入っていたんじゃないかと思いますが……私は自分でその場を離れた記憶がありません。たぶん、意識を失っていたと思います」
「あら……もう少し気にした方がよかったかしら。でも、グラッセラ子爵はよく捜してくださっていたし、書き置きがあったっておっしゃってたから、事件性は低いと思ったのよね」
入れ替わりと、消えたことに関連性があればと思って詳しく聞いてみたけれど、結局、わからなかった。現状では、違和感があるとしか言いようがない。
ただ、ミュリエル様を侍女として雇っていた子爵様の名前がわかったことは大きな収穫だった。何とかして話を聞くことはできないだろうか。間違いなく子爵様はその現場に居合わせていたのだから。
それはさておき、まずはこの町でできることをしなくては。
けれど、どうやって聞き込みすればいいだろうか。顔を隠せればいいのだけれど、そんなことをしていたら、不審すぎて聞き込みどころではない。
「お茶がなくなってしまったわね。アイリスを呼ぶわ」
奥様がパンパンと手を叩くと、すぐさまメイドたちが入室してきた。
こうして奥様との密談の時間は終わりを告げた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さくら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さくら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる