まさかのヒロイン!? 本当に私でいいんですか?

つつ

文字の大きさ
138 / 188
Ⅸ もう後悔なんてしない

130. どうしてこうなった

しおりを挟む
 

 確かによろしくとは言った。けれど、これについてお願いしていたわけじゃない。

 まさかこんなことになるなんて。
 私は集まった顔ぶれを見て、血の気をなくした。

 場所は宿の食堂。時刻は営業終了後の――時計があったら、たぶん夜の八時とか九時くらい。

 先に足を踏み入れた奥様は、食堂の異様な雰囲気も物ともせずに進み、普段通りの微笑みを浮かべたまま、中ほどにあった椅子に腰を下ろした。
 一緒にここまで来た私は入り口に立ち尽くす。どうして入れようか。この顔ぶれの中に。

「マリ、どうしたの? 早くいらっしゃい」

 いや、無理だ。呼ばれても同じ空間には立てない。
 なぜならそこには、肉屋に八百屋にパン屋に古着屋――いずれも私が頻繁にかっぱらいをしていた店だ――の店主が一堂に会していたからだ。
 向けられる視線が痛かった。私は顔をうつむけて、数歩、辛うじて同じ部屋にいると認識できるくらいの位置まで進んで足を止める。

「もっと近くに――もう、仕方のない子ね」

 奥様は自分のところまで来させたかったのだろう。けれど私の強固な拒絶を感じ取ったのか、それ以上はおっしゃらなかった。
 代わりに、集めた人々へと視線を移し、話を始める。

「みなさま、呼び出すような形になってしまってごめんなさいね。お店に伺って仕事の邪魔をしてしまうのもどうかと思いましたの」

 ふふふ、と笑う奥様は、どう見ても場違いだった。店主たちは一様に険しい顔をしていて、顔に迷惑だと書いてある。

「それでご夫人。御用とは一体? いくら閉店後の時間とはいえ、仕事がないわけではないのですよ、庶民は」

 代表して肉屋の店主が口火を切る。棘のある言葉をぶつけられても、奥様はやはり動じなかった。

「そうでしたわね。では早速。実は――この子があなたたちに償いをしたいと言ってるの」

 私はぎょっとした。そんな話、私はしていない。というか、こんな話をするなど聞いてもなかった。
 いや、償いをしたくないというわけではないけれど、今、そんなことをしている余裕はないのだ。お金のない私にできる償いなどたかが知れていて――大の男に殴るだ蹴るだされて、すぐに動けるはずなどないのだから。

「そいつに弁償できるとは思えねーけど? それともご夫人が代わりに払ってくれんの?」

 私と同じことを考えたのだろう、肉屋が奥様に尋ねた。

「いいえ。それに弁償とは言っておりませんわ」
「はあ? じゃあ、なんだ? そいつで鬱憤を晴らしていいってか? お貴族様の考えることはこえーなぁ」
「それが暴力を指しているのでしたら違いましてよ」
「じゃあ、なんだよ」
「――そもそも、この子に何を盗られて、いくらの損害が出たか、証明できるものはお持ち?」
「あるわけねーだろ。もう三年も前だぜ?」
「でしたら、弁償するもなにもありませんわよね?」

 まるで火に油を注ぐかのような発言だ。私はこの後の展開を想像してぞっとする。
 けれど、すぐにでも掴みかかってくるかと思っていた店主たちは意外にも冷静で、奥様を睨みつけるに留まっていた。

「ふふ、そうお怒りにならないでくださいな。全部なかったことにしようとは申しておりませんわ。ただ……この子のために、多少、目をつむっていただければと思ったの。生まれ育った故郷を堂々と歩けないのでは可哀想ではなくて?」
「昼間追っかけたことを言ってんのか」
「それも一つですわね。この子にとっては、恐ろしかったようですから」
「お、奥様!?」

 私は思わず声を上げた。そんなことは言っていない。恐ろしくなかったといえば嘘になるけれど、迷惑をかけた当人である私が言っていい言葉ではないのだ。私にそんなことを言う資格はなかった。
 店主たちの視線が私に向けられる。私はびくりと肩を揺らした。

「で、じゃあ、償いってのはなんだ? 謝罪か?」

 肉屋はすぐに、私の声を無視するように視線を戻し、奥様に話の続きを促した。

「そうね、それも必要ですわね。ただ――」

 謝罪でいいならいくらでもする。けれど、そんなことで許されるわけがない。私は何年も何年も盗みを続けていたのだから。

「わたくしが考えていたのは、この子に、みなさまのお店のお手伝いをさせることですわ」
「――無理です、奥様」

 思わず口を挟んでしまう。さすがにそれは無理だと思った。

「あらどうして?」
「いつ盗むかもわからない相手を、店におけるわけないでしょう。無理に入れても、目が離せないんですから邪魔にしかなりません」
「でも、もう盗まないでしょう?」
「それは、そう、ですが……」

 寝る場所も、食べるものも、着るものも、今はすべて奥様が用意してくれている。もともと好きで盗んでいたわけではないから、こんな恵まれた状況下で、盗もうなど思うはずなかった。
 けれど店主たちは違う。彼らは盗みを働く私しか知らないのだ。到底、信用などできないだろう。

「私の意識がどうであれ、相手が信用できなければ無意味です。私は、自分が信用されるとは思っていません」

 奥様の考えがわからなかった。私は焦っているのに、こんなことをしている場合ではないのに、伝わっていなかっただろうか。状況を理解してくれない奥様に対し、私は苛立ちを抑えられなかった。

 
 
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

処理中です...