142 / 188
Ⅸ もう後悔なんてしない
134. 肉屋の想い①
しおりを挟む「あったわねぇ、そんなことも」
「お近くに?」
「いたいた。でももうよく覚えてないのよね。いえね、あのお貴族様は今もよく来るしわかるわよ? でも侍女はねぇ」
「じゃあ、近くで不審な人を見たりとか」
「やだぁ、見てたらお貴族様に伝えてるわよ。きっと礼金がもらえたと思うもの」
「そうですか……」
「そうそう。じゃあ、またね、看板娘ちゃん」
「あ、はい! ありがとうございました」
肉屋での最終日。世間話と称して聞き込みを進めていた。なんだかんだ言って話に付き合ってくれるお客さんが多くてありがたい。欲しい証言は得られていないけれど。
お客さんを見送って一息ついたところで視線を感じた。はっと顔をあげれば、すぐ横に肉屋の店主が立っている。
「あ、あの、なにか……?」
「――俺らには聞かねぇのか?」
私は少し驚き、肉屋の顔を見返した。
この二日間、よく視線を感じるとは思っていたけれど、まさかずっとそんなことを考えていたのだろうか。
「いや、違うな。あんたの事情、話す気あるか?」
今度こそ本気で驚いた。これは話せば協力してくれるという意味だろうか。
確かに、実は気にかけてくれていたんじゃないか、とは思い始めていた。古着屋にどこに行っていたのかと聞かれたあたりから、私の店主たちに対する見方が変わって、そう感じることが増えていた。
これまではずっと、彼らのことが怖くて、視線を合わせられずにいたから気づかなかったけれど、いざ視線を合わせてみると、彼らは、バッソさんやドードーさんたち村の人と同じように、私を案ずる目をしていたから。――今も、また。
「俺らはみんな、あんたが何かの事件に巻き込まれたんじゃねぇかって思ってた」
それはそうだ。いなくなったことに気づいていたなら、そう思うだろう。特にパン屋の周辺には頻繁に出没していたのだから気づかないわけがない――けれど、どうだろうか。単なる孤児を、盗人を、そこまで気にしていたかどうかは疑問だ。
「あんた、あのお貴族様の侍女がいなくなった騒動のことを聞いてたみたいだが、あんたが王都に行ってたってのと関係してんのか? 今もその問題を引きずってんのか?」
王都に行っていたのとは関係している。けれど、問題を引きずっているのかと聞かれたら、たぶん、違う。
いや、違わないのだろうか。これは私の冤罪で終わった話で、私が首を突っ込まなければ、収束していたはずの問題だけど――首を突っ込んだから、問題を引きずってると言えなくもない、かもしれない。
「あんたは町の子だ。貴族じゃねぇ。あのご夫人の側にいるのだって本意じゃねぇってんなら力を貸してやる」
私ははっとした。肉屋が心配しているのは、私が貴族の問題に巻き込まれ、奥様に連れ回されているのではないかということだ。
この勘違いはよろしくない。奥様は私の恩人だ。
「違います。大丈夫です。私がお願いして一緒にいさせてもらっているだけなので。それに、これは一時的なもの。自分が町の子なのはよくわかってます」
慌てて否定した。肉屋は少しだけ疑わしそうに私を見たけれど、すぐに納得したのか頷いてくれた。
「わかった。じゃあ、次だ。あんた、三年前のこと、どこまで知ってる?」
話の流れが変わって、私は気持ちを改めた。私が知っていることはあまり多くない。奥様からは話を聞けているけれど。
「子爵様の侍女が、織物屋の前でいなくなったって」
「そうだ。子どもとぶつかって侍女が倒れて、お貴族様が医者の手配を指示している一瞬の間にいなくなっちまった――ってことをお貴族様が言ってな、それで騒ぎになった。この町はお貴族様いてこそだからな。誘拐だなんだと悪評が広まったら、町がつぶれるってんで、町じゅう総出で探したんだ」
騒ぎになったとは聞いていたが、それほどの大事になったのかと私は驚いた。
いや、ディダは貴族でも滞在できる安全な町、というのを売りにしている町だから、侍女と言えども誘拐があったとなれば大問題で、大事になるのも当然かもしれない。
「で、夜になって、お貴族様の勘違い、というか早とちりだったって話が伝えられて、騒ぎは収束した。ただな。その話が伝わるまでの間に、町にいる女や出入りした女については徹底的に調査しててな――気づいたんだ。あんたがいないって」
そんなにすぐに発覚したのか。いや、この時点でマリがいなかったという情報は初かもしれない。ミュリエル様が私と同じ感じだったなら、きっと意識は失っていたはずだ。この話で、事故ではなく事件だという可能性を示すくらいはできるだろう。
「……いないってわかって、どうしたんですか?」
「どうもしねぇよ。町じゅう捜したあとだ。これ以上は俺らにはどうにもできねーし。他のやつらに話してるうちに、お貴族様の早とちりって話も伝わって来たしな。だから、そのまま忘れて元の生活に戻った。以上」
どうにもできないなどと言ってはいるが、実際のところ、肉屋は私をかばったのだ。報告しないという方法で、私を守ろうとしてくれていた。
侍女がいなくなったと騒ぎになったタイミングで、少女が一人いなくなったなどと話そうものなら、無関係であっても罪をなすりつけられる可能性は高かった。
店主たちにとって私は厄介者でしかなかったはずだ。けれど彼らはそんな私のことも町の人間とみなしてくれていた。ありがたいような申し訳ないような気持ちで胸がいっぱいになった。
肉屋は私が思っていたよりも、ずっと思慮深く、思いやり深い人だった。
今も、こういう話をしながら、私の言葉を待っているのだ。侍女服を着て再会した孤児。そんななりでこの場所に戻ってきたからには、なにか事情があるのだろうと。
頼らせてもらっていいだろうか。私も、この町に暮らしていた人間として。
0
あなたにおすすめの小説
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる