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Ⅸ もう後悔なんてしない
135. 肉屋の想い②
しおりを挟む「わ、私……目撃者を、捜していて」
お客さんには散々聞いたというのに、改めて肉屋に聞こうとすると、途端にうまく言えなくなった。
視線を泳がせながら言葉を探す。言葉の続きは肉屋が拾ってくれた。
「いなくなった侍女のか?」
「あ…――」
捜しているのはメリッサさんの目撃者だ。けれど、侍女についても知っておいたほうがいいだろうか。マリの体が先に消えていることもあり、ミュリエルの体がいつ、どうやって消えたのかも確認しておきたいかもしれない。私が意識を失っていた期間であるのは確かだから。
とはいえ、まずはメリッサさんだ。そちらを見つけないことには話は進まない。
「ええと、その……私が、その侍女からお財布を掏ろうとしたときに、その周辺を、見てた人とか……」
言い切る前に、肉屋の眉が吊り上った。私はびくりとして肩を縮める。
「ばっかやろう! あんた、お貴族様にまで手を出したのか!」
「ご、ごめんなさい!」
「――っ、ちげぇよ。なんて危ない橋を渡ってんだって話だ。ああ、もう……いや、今はいいか。過去の話だ」
怯えるように反射的に謝罪した私を見て、肉屋がバツの悪そうな顔をした。それから記憶が探るように視線を巡らす。
「つまりだ。侍女が倒れたときにぶつかったってのはあんただったのか」
そうか、それも知らなかったのか、と少しだけ新鮮に思う。
もし、現場を見ていたのが肉屋たちだったなら、きっとそれが私だと気づいただろう。わかる人がいなかったから――いや、もしくは、わかる人が口を噤んだから、それが私だったと知られていない、ということか。
「わかった。俺の方からも聞いといてやる」
「いいんですか……?」
「構わねぇよ。大した手間じゃねぇ」
照れ隠しのようにガシガシと頭をかいて――いたかと思えば、ピタリと動きを止め、改まった様子で私に目を向ける。
「とにかく――あんたが無事で、よかった」
不意打ちだった。思わずぐっと込み上げてきた涙を堪える。
なんてことを言うのだろう。誰よりもキツイ言葉を向けてきた肉屋が。結構本気で追いかけてきて、殴ることも少なくなかった肉屋が。
こんなの、ズルい。ズルすぎる。本当に、もう――。
敵わないな、と思った。
もう確信をもって言える。彼らは私に盗ませてくれていたのだ。追いかけて、叩かれることもあったけれど、それはしつけと言えなくもない。この辺の子どもはそうやって育つのが当たり前だったから。
それに、逃げ切れることも多かったのだ。子どもの、しかも女の足。人混みに紛れるようにはしていたけれど、追いつくことは、本当は難しくなかったんじゃないかと思う。
きっと、肉屋だけじゃない。八百屋も、パン屋も、古着屋も……そうして、私たち孤児を生かしてくれていたのだ。見逃すことで食べ物や服を与え、叩くことで体に痛みを覚えさせ、怖い人に手を出して危険な目に合わないように、と。
そんな彼らの思いに、奥様は気づいていたのだ。
奥様がお手伝いを提案したあの日。なぜこんなことを、と尋ねた私に対して、奥様はさも平然とと、わからなかった? と尋ね返した。
少し前に、その意味がわかった、と思っていた。店で情報収集できるように考えてくれたのだと思って、あのときは納得した。
確かにそれもあっただろう。けれど本当はこれだったのだ。店主たちが私を案じる気持ちを汲んで提案していたのだ。
あのとき。私が目をそらしていたあの場で、しっかりと店主たちの目を見ていたなら。もっと早くに気づけたかもしれなかった。
私が無駄だと思ってしまっていた時間が、これほどの想いに支えられていたなんて。
本当に、敵わない。
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