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Ⅸ もう後悔なんてしない
136. 嫁入りではありません
しおりを挟む六月頃から少し改稿作業をしている関係で、近々、話数を変更します。
しおりが外れてしまったらごめんなさい。
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それからもお客さんに聞き続けた。
肉屋だけでなくどの店の店主たちも協力してくれたけれど、有力な情報は得られていない。騒ぎの目撃者はそれなりにいた。けれど、みんな大騒ぎする子爵に目を奪われてしまい、他は見ていなかったというのだ。
また一人、お客さんを見送って息をつく。自然と視線は通りへと向いた。
店頭の商品を見ながら通り過ぎていく女性。
店など視界の端にも入れてなさそうな青年。
増え始めた人にぶつかられそうになって、なかなか進めないご老人。
初めて見る景色だった。人だけがまるで浮かび上がっているように見える。これは人をお客さんと捉えて見ているからだろうか。店の人たちはいつもこんな景色を見ていたのだろうか。
だとしたらきっと、以前、盗みにやってきた私にだって気づいていたに違いない。こんなにもよく見えるのだ。子どもとはいえ、視界に入らないはずがない。
「あ……」
視界に入らないはずがない? それならきっと、あの日も。
「織物屋の向かいって、たしか……」
人の流れが途切れたところで、パン屋の店主に許可を得て休憩をもらう。
それから急いで目的の店に向かった。
「お、いらっしゃい」
「あ……あの」
「おおっ! あんときの別嬪さん! よく来たな! 嫁入りか!?」
「い、いえ」
「なんだ、ちげぇのか。買い出しに来た……って感じでもねーけど、どうした?」
織物屋の向かいにある酒屋だ。私の一番最初のお客さんだった、酒屋のせがれの、そのお店にきていた。
「ちょっと話を聞ければと思って」
「おお、いいぞ。なんだ?」
酒屋のせがれは快諾した。普通であれば、こんな突然の訪問で話は聞けなかっただろう。聞けたとしても訝しまれたに違いない。こうして話ができるのは、ひとえに、肉屋が身元保証人のようなものだと認識されているからだろう。
「あの、三年くらい前の騒ぎのことで。その日ですが――」
「おお、あんときのことな! 聞いた聞いた。今日あたり、あんたんとこ行こうと思ってたんだ。あんとき、ちょうど俺は配達から戻ってきたところでな」
まだこちらが話している途中だったにもかかわらず、せがれは勢いよく話し始めた。本当は少し違うことを聞きたかったのだけれど――またあとで聞こう。
「ちょうどそこの織物屋の前か、貴族のご主人がきれーなわけー侍女さんを連れて歩いててよ、そこにポーン、とちっけぇ坊主が当たってって。でな――」
そのちっけぇ坊主、というのが私か。思わず苦笑した。
せがれは身振り手振りを交えながら、少し大げさに話すので、なかなか面白い。そんな彼の視線が不意に店の外に向いた。
「お、たっちゃん! いいところに! お前も見てたよな」
「はぁ?」
通りすがりのところを捕まえられた男性は、少し嫌そうな顔をしながら足を止める。
「ほら、あれだよ。三年くらい前のお貴族様の騒動」
「あー、あれか。まあ、確かに近くにはいたな。俺が駆けつけたときにゃ、もう女が一人で倒れてるとこだったが」
「あ? 二人倒れてただろ?」
「なにボケたこと言ってる。一人しかいなかったじゃねーか」
何やら険悪な雰囲気になりはじめる。突然の変貌に私はついて行けずにいたのだけれど。
「てか、てめぇ、この間、俺のつまみ食っただろ」
「酒持っていってやったんだ。当然の権利だろ?」
「ふざけたこと抜かすな。てめぇのそれは泥棒と一緒だぜ」
「はあ? 言うにことかいて泥棒ったぁ――」
気づけばただのケンカに成り下がっていた。慌てて話を引き戻す。
「あ、あの! ももう一つ、教えてほしいことがあるんですけど……」
二人はピタリと口論をやめ、こちらを向く。
「おう、わりぃな。んで?」
「ええと、その日、店番って誰がしてましたか?」
「ん? ああ、それなら……うん、あの日は確かばーちゃんだったな」
「じゃあ、おばあさんにも話を聞かせてもらえませんか?」
「いいけど、ばーちゃん店から離れらんなかったし、詳しくは知らねぇと思うぞ」
「構いません。お願いします」
「わかった。ちょっと待ってな。あ、たっちゃんもあんがとさん。もう帰っていいぞ」
「ったく。また酒持ってこいよ。じゃあな!」
男性は通りに戻り、せがれはばーちゃーん、と大声で呼びながら店の奥へと消えていった。
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