まさかのヒロイン!? 本当に私でいいんですか?

つつ

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Ⅷ 優しさ、たくさん

117. 浮上、復活!

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「訪れる人なんて滅多にないこの村に、リングドルのお貴族様がきた」

 そのとき私は村の入り口にいて、

「怖くなって逃げた」

 どうして?

「見つかってしまったと思ったから。追手だと思ったから」

それで昨日、私はひどいパニック状態に陥った。
それは、やっぱりこのままじゃダメなんだって私に思わせるきっかけになった。

「ご夫婦は、村に引っ越してきた人がいないか聞いてきた」

 私を捜しに来たのだと思う。
 でも、どうして?

「脱獄犯として追われるなら衛兵が来るよね? 国境を越えたせいで無理だったとしても、あんな見るからにお貴族様って感じのご夫婦が来るのはおかしい」

 では、追ってきたのは神殿関係者のほうだろうか。私を利用しようとしているという――。
 いや、神殿関係者だとしても、やっぱりもっと身分の低い者がくるだろう。

「ホントに、どうして? 何者なの?」

 わからない。わからないから怖い。
 でももし、あのご夫婦が神殿関係者だったとしたら。

「死ぬより辛い目に、だっけ」

 それは想像がつかない。だから、怖くない、と思う。でも。

 思い出されるのは、一人きりの学院。誰も助けてくれなかった裁判。向けられたいくつもの蔑みの目。冷たい眼差し。
 気持ちがズンと沈んだ。

 こういうとき、ずっと縋っていたベイル様のお顔はもう思い出せない。クリフォード様の顔なら思い浮かぶのに。
 クリフォード様は、体が戻った後の私と会っているからだとわかっていても、やっぱり悲しくなった。

「そ……そういえば」

 頭を振って強引に思考を切り替える。――と牢屋を出る時、レイラ様に渡されたものがあったことを思い出した。

「落ち着いたら確認して、って言ってたよね」

 ミュリエルだったときのすべてを忘れようとしていたから、レイラ様からもらったそれの存在も忘れていた。
 馬車のところで強引に持たされた手のひらサイズの巾着。あれは、あの後どうしたのだっただろうか。

「服とかは途中の町で処分した、けど――」

 あのとき持っていたもので残っているのは、旅の道具くらいだろうか。いつまた、ここから逃げ出さなくてはならなくなるかわからないから、捨てずに取っておいたはずだ。

「確か、すぐに持ち出せるように、入り口近くにって」

 すっと入り口横の木箱に視線を向ける。ここにきて二年半。私はその木箱を一度も開けていなかった。
 恐る恐る近づいて、その蓋を開ける。
 見覚えのある荷袋が一つ。中はあまり整頓されていなかったけれど、まもなく小さな巾着を発見した。

 手のひらサイズの革の巾着。色は少し褪せた感じ茶色で。でもそれは丁寧に鞣されていて柔らかく、かなり上質な革だった。

「って、現実逃避しててもしようがないよね」

 女は度胸! そう心の中で気合いを入れて、巾着の口を開ける。
 中身はずいぶんと小さい物のようだった。よく見えないので、巾着を傾けて手のひらにそれを出す。

「花? あ、ピアスか。なんで片方だ…け……っ!?」

 雷に打たれたかのような衝撃が奔った。
 どうして忘れることができたのだろう。これは私にとって、とても大切で、大切な――。

 少し前に夢で見たばかりだったというのに。
 ワインレッドの絨毯と、砕けた白い花の残酷な映像を。

 これはそのピアス――の片割れだ。冬期休暇中のデートで、ベイル様から贈ってもらったピアス。
 確かにあの時、砕けてしまったけれど、それは片方だけ。もう片方はいつの間にか私の耳から消えていた。今思えば、メイズヤーンを失った時、ピアスも奪われていたのだろう。

 レイラ様はこれが私の大切なものだと知っていたのだろうか。話した覚えはないから、レイラ様は私を見て気づいてくれたのかもしれない。
 ずっと頼ってくれるのを待っていた、手を差し伸べなかったことを後悔している――出立前に聞いたその言葉は、本当に、本当にレイラ様の本心だったのだろう。きっと、ずっと、頼ってこない私をもどかしく思いながら、見ていてくれたのだろう。

 これはベイル様の心の欠片。あの時、あの瞬間、確かに私を――愛していてくれたという証。私の大切な宝物。

「ああ、そっか」

 それはストンと私の中に落ちてきた。

「仕方ない、って思ってた。助けるなんて無理だし、もう嫌われてしまったから、助けてくれるわけないって諦めてた」

 召喚された城の一室で、ベイル様が隣室から出てきたとき。裁判前の貴族用の牢に入れられたとき。裁判中、そして重罪人用の牢の中で。

「でも、違った。諦められてなんてなかった。私はずっと、助けてくれると信じてた。だから」

 自分が裏切ったようなものだから仕方ない。これは当然の報いだ。――そう思うことで自ら予防線を張っていたのだ。自分が傷つかないように。

 でも、結局、感情なんてのは、コントロールできるようなものじゃなくて。
 私の心はいつだってベイル様に向いていた。ベイル様を信じていて、ベイル様を諦められなかった。

 だから――深く、深く傷ついた。
 信じているという自覚がなかったから、なおさらに。

「自分で傷を深めておいて被害者ぶってるなんてね」

 再び手のひらのピアスへと視線を落とす。
 本来であればミュリエル様に与えられたはずの心の欠片。でも、今、それがここに、私の手元にある。

「これは――このピアスの一片くらいは、私にも想いをくれてたって……思ってもいいよね?」

 だって、このピアスは私の元に返ってきたのだから。

 
 
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