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Ⅹ 集まる想い
158. 動機 side メリッサ
しおりを挟む――この世に、ベイル様ほど素敵な方はいない。
それはメリッサにとっての事実であり、そして、すべてだった。
六歳になったばかりのメリッサは、アディーラ公爵家のお茶会で初めて彼と出会った。
アディーラ公爵令息ベイル様。
メリッサは彼を一目見た瞬間、恋に落ちた。
――ベイル様、ベイル様。
少しでも近づきたくて。でも、話しかける勇気はなくて。
心の中で、何度も何度もその名を呼ぶ。だから。
「ベイル様、おひさしゅうございます」
「ベイル様、こちらにいらして」
「見てください、ベイル様。これ、お母様が――」
無邪気に話しかける女の子たちに嫉妬した。
――ずるい。どうして?
自分はこんなにもベイル様が好きなのに。こんなにも想っているのに。
ベイル様と話すのはどうして自分ではないのだろう。
――好き、好き、好き。
――好き……欲しい。
恋が欲に変わるのに、さほど時間はかからなかった。
淡い恋心は次第に、何が何でも手に入れたいという執着へと変化していった。
「お父様、わたし、ベイル様とけっこんするわ」
「そうかそうか。だがなあ。お前が彼と結婚するには、彼に見初めてもらいでもしない限り無理だなあ」
メリッサの父は現実を見ていた。けれど。
「わかった。ベイル様に好きになってもらえばいいのね」
あきらめさせるための言葉も、メリッサにとっては背中を押す言葉にしかならなかった。
「ねぇ、ベイル様はどんな女性が好みかしら?」
「そう、男の人は庇護欲そそるような女性が好きなのね」
「じゃあ、私も……か弱くて、心優しくて、守りたくなるような女性のようにふるまうわ」
けれど、彼の視線がメリッサに向けられることはない。
「――まただわ。また、あの子を見てる」
「どうして? あの子はおしとやかじゃないわ。はしたない振る舞いをするし、我がままじゃない」
メリッサは納得がいかなかった。
たしかに彼女は綺麗だ。けれど絶世の美女というわけではないし、上位貴族の中ではよく見かける程度のもの。
性格だって自由奔放で、はしたないと言っていいくらいのお転婆さを見せることさえある。それなのに。
「おかしいわ。どうしてあの子なの?」
生まれた嫉妬は燃え上がり、すぐに醜い憎悪へと成り果てた。
「あの子さえいなければ」
矛先が向けられたのは、ベルネーゼ侯爵令嬢、ミュリエルだった。
同年代の令嬢で上位貴族にあたるのは、侯爵家の令嬢二人しかいない。
対して、令息はというと、王太子殿下を初め、公爵家のベイル様、侯爵家のクリフォード様ともう一人――。
やりようによっては伯爵令嬢であるメリッサにもチャンスはあった。
「そう、そうよ。ハーヴェス侯爵令嬢に王太子殿下の婚約者になっていただいて、あの子を排除すればいいんだわ」
メリッサにはそれが妙案に思えた。とはいえ、実際に排除するとなると、口で言うほど簡単なことではない。
「ダメ。暗殺はダメよ」
暗殺者を雇って政敵を排除するというのは、過去にはかなりの数実行されてきた手法だ。雇い主も実行犯もわからず、事件は闇に葬られるという――。
けれど、実際にはそんなことはない。みな見て見ぬふりをしているだけで、誰が依頼したかも、実行したかもほとんど筒抜けだった。なにせ、貴族社会というものは狭いのだから。
そうとわかっていてもあきらめられなかった。何としてもあの子に消えてほしかった。
「そうだわ。別に物理的に抹殺しなくてもいいじゃない。社会的に抹殺できるなら――貴族としては致命的だわ」
醜聞で家を潰す、というのは比喩でもなんでもない。貴族社会ではよくあることだ。そういう意味ではより現実的な案だった。
「なにがいいかしら。やっぱり、男女関係?」
血を重視するためか、特に厳しい目を向けられるのが男女の関係。複数の男たちに粉をかけていたように見せかけたり、奪い合わせたりするのは効果がありそうだけれど。
「なんだか胸がおかしくなるわ。いい案ではないわね。そうね、それより……あの子が男みたいな振る舞いをしてしまうとかのほうが面白いわ」
気を狂わせるような薬はあったかしらと思案する。いっそのこと、性転換できる薬か何かがあればいいのに。
「薬よりもそういった神秘の器具がないかを探す方が早そうね。おじ様に聞いてみましょう」
結果、芳しい答えは得られなかった。けれど、この案をあきらめるには惜しい気持ちがいっぱいで、何とかしようと必至に知恵をしぼる。
「絶対に何かあるはずよ。絶対……私が見つけ出してみせるわ」
そしてメリッサがしたのは、管理を任されている神殿関連施設への侵入だった。そこに、市場には流通していない、珍しい神秘の器具か何かがないかと思ったのだ。
「あら……?」
偶然見つけた隠し部屋。その壁面には複雑な神秘の構成が描かれていた。
そこからはとんとん拍子に話が進む。
「おじ様! 神官を貸してくださらない? それから、あとで捨てても問題ない護衛も」
神官に確認してもらえばそれが、入れ替わりの神秘だとわかる。
「いい。いいわ、これ。これにしましょう」
入れ替わりの神秘が秘儀に相当することはすぐにわかったけれど、構わなかった。ようは自分が使ったと知られなければいいのだから。
「ふふっ。あの子の体の中に平民の男……粗暴な男の魂を入れたら、さぞかしみっともない振る舞いをしてくれるでしょうね」
想像したら楽しくてしかたなかった。早く魂を入れ替えて、ベイル様の前で恥をかかせてやりたい。メリッサの頭の中はそれで一杯だった。
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