167 / 188
Ⅹ 集まる想い
157. 裁判終了後、サロンにて
しおりを挟む「あら……?」
議場から休憩室がわりのサロンに戻って、ベルネーゼ侯爵夫人は目を瞬いた。
入り口近くで主人の戻りを待つ侍女や侍従の中に、目的の人物の姿はない。
「あらあら、本当に……困った子ね」
「ベルネーゼ侯爵夫人?」
怪訝そうに尋ねたのはハーヴェス侯爵令嬢。一緒にきたエイドリアン伯爵やルウェル侯爵家の次男もその整った顔に戸惑いを浮かべていた。
「ごめんなさい、みなさん。いなくなってしまったみたい」
正直に告げれば、ハーヴェス侯爵令嬢のお顔がみるみる赤くなった。怒り心頭といったところか。
「あ、あの子っ、本当に何考えてらっしゃるの! いつっつもいっつも迷惑ばっかりかけてっ」
言葉に反し、声は泣きそうなものだったけれど。
「すぐに捜させますわ、夫人」
夫人は答えず、すっと隣に視線を移した。こちらはこちらで呆然とした顔をしている。
「あなたも捜させますの? エイドリアン伯爵」
「……いえ。帰ります」
「ベイル様っ!」
やはり悲鳴のような声をあげるハーヴェス侯爵令嬢。この二年の間、ずっと苦しんできたことを夫人は知っていた。ミュリエルとも仲良くしているけれど、ふとした瞬間に見せる悲しげな顔は忘れられない。
「ハーヴェス侯爵令嬢も、捜さない方がいい。彼女はやっと……自由になれたんだ」
ハーヴェス侯爵令嬢がうっと言葉を詰まらせる。あの子の幸せを想うからこそ、それを否定できないのだ。
本当は、夫人も自分の手の届くところでマリを幸せにしたかった。もしマリが養子になることを承諾してくれたら、婚約者を失うだろうエイドリアン伯爵との縁組も視野に入れていた。
マリとて、それは考えただろう。けれど断った。
そして、考えを変えるなら最後の機会になるだろうこの場からも去っていった。
「残念ね。あの子にはうちの子になって欲しかったのだけれど。これがあの子の答えなのでしょう」
できるだけ軽い口調で言う。マリは自らの望みを叶えたばかりなのだ。暗くなるなんてとんでもない。
「よろしいのですか?」
これまでじっと黙っていたルウェル侯爵家の次男が不安げに尋ねた。それににこりと笑みを返す。
「ええ。会いたくなったら、会いに行けばいいだけのことだもの」
ルウェル侯爵家の次男は驚いて声も出ないようだった。なかなか珍しい表情を見れたのではないだろうか。といっても、比較的、感情は出すタイプの青年だけれど。
「そっか。そうですわね」
思い詰めたような表情をしていたハーヴェス侯爵令嬢がポツリとつぶやいた。
一度目を閉じて、目を開ける。そこにはもう、いつもの勝気なハーヴェス侯爵令嬢の顔があった。
「奥様、そのときは私もご一緒させていただけます?」
もう大丈夫だろう。取り乱した様子も、思い詰めた様子も、窺えない。もちろん、心の内にはまだ多少の嵐は吹き荒れているだろうけれども。
「もちろんよ。ああ、でも……叱るのはほどほどにしてちょうだいね」
「まあ! 心外ですわ。そんな、叱るだなんて……す、少しだけですわ」
「ふふ、そうね。そうだわ、エイドリアン伯爵もご一緒にいかが?」
悪戯っぽい調子で聞いてみる。
ルウェル侯爵家の次男がマリの生存を伝えたのは一昨日のことだという。エイドリアン伯爵の心は決まっているだろうか。
「私は――私は、ご遠慮させてください」
「そう」
その言葉に迷いは見えなかった。
未来は決まった、と夫人は悟った。
0
あなたにおすすめの小説
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる