178 / 188
Ⅺ 青い鳥はすぐそこに
167. もうひとつ神秘、修理中①
しおりを挟む体の中を、温かな熱が満たしていく。手、足、顔、肩、お腹、胸……。
その熱は、体内を満たすと中心から動きはじめた。最初は風が水面を揺らすように小さく、次第に浜辺に寄せる波のように大きく。
くすぐったいようなむずがゆさを感じたかと思えば、温泉で冷えた指先に血が巡るような心地よいしびれがきて、かと思えば布団の中のぬくもりかと錯覚するような心地よさに微睡み――繰り返されるそれは次第に全身に広がっていった。
「くっ」
遠くに聞こえる声。その声をきっかけに波のような蠢きが鎮まっていく。
全身はまだぽかぽかだ。この状態が数時間ほど続くことを私は知っていた。
「――今日は、ここまでに」
名残りを惜しみながら、ゆっくりと目をあける。
すぐそこに、上気した色っぽいベイル様の顔があった。
村での生活を続けているせいか、ベイル様は少し日焼けをしたようだ。けれどそれがまた男らしさに磨きをかけていて目を奪う。今の姿で夜会に顔を出したら、既婚者までをもひっかけてしまいそうだ。
誰にも見せたくない、このまま隠してしまいたい、なんて考えるのはいけないことだけれど――。
「ありがとう、ございました」
声を絞り出すようにしてお礼を言った。こんなきっかけでも作らなければ、目が離せなかった。こればかりは何日繰り返そうとも慣れない。
何日繰り返そうとも。
そう。もう、かれこれ二週間ほど、治療として、ベイル様に神秘を流してもらっていた。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
ベイル様から治療を提案されたあの日、私は確かに断ったというのに。
私が気づいたときにはもう、ベイル様はバッソさんや村の人たちまで巻き込んで断れない状況を作りあげていた。
今からでも本気で嫌がれば、ベイル様はきっとやめてくれるだろう。それはわかっている。わかってはいるけれどできなかった。原因は単純だ。偏に私が、今の時間を惜しいと思ってしまっているから。
あとちょっとだけ。もうちょっとだけ――。
そんなふうに思いながら、ずるずると続けてしまっていた。
「今日は首回りを念入りにした。神秘が流れたのを感じられたんじゃないか?」
「あ、うん……」
治療は、時間をかければ可能だ、というのがベイル様の見立てだった。
ベイル様曰く、私に施された神秘の封じは、ざっくりと各部位ごとに鎖で縛られ、流れが分断されているような感じだという。顔にある神秘を目に集めるなんてことができていたのは、それほど細かく区切られていなかったからということだ。
初日、ベイル様はその区切られた範囲内でまず神秘を巡らせた。封じられたことで詰まってしまった道や、破壊されて途切れてしまっていた道の修復を試みたのだ。私が神秘器具を修理するときに枝毛と呼んでいる、余分にできてしまった道はまだうまく取り除き切れていないらしいけれど、詰まりや途切れはベイル様もかなり早い段階で治してしまった。
それから数日をかけて、流す神秘の圧を高めて行き、少しずつ封じの鎖部分、部位間を越えられるようにしていた。かなりの力技だ。けれど効果はあった。ベイル様が強く神秘を流した時だけは境を越えられるようになったのだ。自分ではやっぱり動かせないけれど。
日に日に回復を実感していた。このまま続ければ、本当に治せてしまうんじゃないかと感じていた。
――でも、ダメだ。
こんな時間はもう終わりにしないといけない。ずっと向き合うのを先延ばしにしてきてしまったけれど、治療をしていてはベイル様は村を離れることはできない。私がベイル様を拘束するような真似をしていいはずがなかった。
ベイル様には幸せになってほしい。そのためにはまず、ベイル様には本来あるべき場所に戻ってもらわなくてはならない。
「ウィル――いえ、ベイル様」
「っ、リア……っ」
名前を呼べば、ベイル様が目を見開き、まるで感極まったかのような声をあげた。
私がベイル様と名前で呼ぶのは、この体に戻って以来はじめてのことだ。
ウィルがベイル様だとわかっても、私は頑なにその名前を呼ばなかった。今の私が呼んでいい名前ではなかったから。その戒めを破って呼んだのは、けじめをつけるためだった。
「ベイル様、これまで毎日ありがとうございました」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さくら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さくら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる