184 / 188
Ⅺ 青い鳥はすぐそこに
【閑話】取り戻した大切なもの
しおりを挟むベイル様視点です。いつもより少し長め。
------------------
ベイルはこれまでの日々を思い返していた。
裁判が終わって、しばらくたったころ。
どうして自分の手元にあったかわからない彼女の神秘器具が、ボロボロの状態で見つかった。
それと前後して、ハーヴェス侯爵令嬢――レイラ嬢とクリフォードから、彼女の名誉回復を持ちかけられたが。
彼女は死んでしまった。
今さら名誉を回復したところでとは思うものの、贖罪のつもりで二人に協力することにした。
レイラ嬢にドビオン伯爵領や神殿について調べるように命じられて、何の疑問を抱くことなくドビオン伯爵令嬢の婚約者と言う立場を利用した。
まだドビオン伯爵令嬢が関係しているとは知らなかったというのに、なぜか悪いと思うこともなかった。きっと自分はひどい婚約者だったのだろうとベイルは思う。
ドビオン伯爵令嬢と神官ウィガーラの企て知って、ベイルは自分の愚かさを呪った。自分は踊らされていたのだ。それで彼女を傷つけた罪が消えるわけではないけれど、もっと早く気づければ――命くらいは救えたかもしれない。
それからは後悔や自己嫌悪、罪の意識に苛まれながらも、証拠集めに奔走した。
裁判の日を迎え、ほっとした。これですべてが終わると安堵した。
すべてが終わったら自分は、自分のことを誰も知らない場所で、ひっそりと静かに暮らそうと思っていた。
そんなときだ。
彼女が生きている。
クリフォードが明かした。
どうして教えてくれなかった。黙っていた。どうして――。
怒りと悔しさがないまぜになってわけがわからなくなる。同時に、胸の奥底から熱いものが込み上げた。
彼女が、生きている。
ほっとした。だが、やはり後悔が消えることはなかった。
ベルネーゼ侯爵夫人に連れられて向かったサロン。ほんの少し前まで、彼女はここにいたらしい。
困った子ね、と言う夫人からは彼女への愛情が感じられた。夫人はミュリエルの母でもあるのに。夫人まで虜にしたのかと思うと、少しおかしくなった。
ベルネーゼ侯爵夫人はベイルにも一緒に行くかと尋ねた。
咄嗟の判断だった。気づけば、ほとんど無意識に断ってしまっていた。
おかしい。
会って謝りたいと思っていた。だが、それなら一緒に行けばいいだろう。
それなのに、なぜ。
行くなら、連れていってもらうのでは嫌だと思ったから。
自分の意思で、自分の足で、会いに。
――ああ、そうか。
気づくのが遅すぎた。
つい先ほど、夫人まで虜にしたのか、と考えたのは自分ではないか。そんな風に思ったのも、自分が先に虜になってしまっていたからだ。
――恋、していたんだ。ミュリエルではなく、君に。
ミュリエルが自分を見てくれたから舞い上がったのではなかった。彼女が自分を見てくれたから、殿下を押しのけてでも欲しいと思ったのだ。
彼女は隣国の小さな村で暮らしていたという。馬車を乗り継いでいけば一ヶ月。貴族が乗るようなしっかりとした馬車で向かえば三週間弱で着く。だが。
――準備がいるな。
彼女を裏切った自分を、彼女が受け入れてくれるとは思わない。けれど、だからといって何もしないという選択肢はなかった。彼女を愛しているのだと、自覚してしまったから。
ひと冬をかけて根回しをした。そして、春を迎える前にリングドルを発つ。
彼女の神秘器具を持って行ったのは、意図してのことではなかった。けれど、彼女に会って、彼女が直してくれて。
治せるかもしれないと思った。
彼女の神秘も。彼女との関係も。
そう思った矢先のこと。
彼女に、恋人の存在を匂わされて、自分の思い上がりを知った。彼女のためを思ってやっていた治療が、自分のエゴでしかないことに気づかされる。
諦めなくてはならないのか。また、手放さなければならないというのか。
神というものがいるのだとしたら、なんと残酷なことをするのだろう。――いや、これは自分の行いが返ってきたということか。
素直に引き下がるべきだと立ち上がって、ふと、それが目に入った。
入り口近くの木箱の上。そこに、以前ベイルが贈ったピアスがあった。
砕けてしまったと思っていた。いや、そうか。ピアスは通常両耳につけるものだ。片方だけ無事だったのだろう。
まだ、持っていてくれていた。
裏切った男が贈ったピアスなど、本来であれば早々に捨ててしまいたいものだろう。
それを大事にしてくれていたということは――。
まだわからない。だが、その事実にかけようと思った。
だから言った。なるべく早く戻ってくる、と。
「ベイル様」
「……呼び捨てでいい」
「ん。じゃあ、ベイル。あのね――」
流している神秘が心地いいのだろう。くつろいだ様子のマリは色っぽく、心なし声も甘い。理性を保っている自分をほめてほしかった。
マリの神秘回路は、数か月流していなかっただけで再び滞りができてしまっていた。こんなことなら、無理にでもリングドルに連れて戻ればよかったと後悔する。
神秘が使える使えないに関係なく、寿命だけは必ずまっとうしてもらいたかった。
「前ね、予知夢みたいな、といっても音だけなんだけど、繰り返しみる夢があったの。たぶん、私への警告だったんだと思うんだけど」
とつとつと夢の内容を語った。
牢の閉まる音とは……さぞかし恐ろしかったことだろう。
「でも、それきり聞かなくなって。なんだったんだろう」
ベイルは原因を知っている。マリの神秘の治療をするようになって確信を深めた。
マリは聖女だ。この点に関して、神殿は真実を当てていた。
だがベイルはそれを教える気はない。教えて、自覚して振る舞うことがあれば、今度こそ本当に神殿に奪われてしまうから。
「それが予知夢だったとして、また見たいのか?」
「ううん。どうせ見ても生かせないし、怖いだけだから……見ない方がいい」
ほっとした。予知夢をもう一度と望まれたら――どうしただろうか。
今は繋げることに重点を置いている治療だが、元どおりに戻すことに重点を置いて治していけば、また予知夢を見る可能性はあった。だからこそ、あえてそういう治療はしていなかったのだが。
少し前に話題となったミュリエルの予知夢は、マリの魂が記憶していた魔力回路に影響された結果だ。もうそろそろ元に戻っているだろうから、ミュリエルも予知夢を見ることはなくなるだろう。
マリが聖女にもかかわらず、特定の予知夢しか見なかったのは、マリ自身が神秘の扱いに不慣れだったためだ。神秘器具の修理を繰り返し、自身の神秘を流せないにもかかわらず腕を磨いてしまった今は、きっとかなりしっかりとした予知夢を見ることになるだろう。
予知夢はいいものとは限らない。マリが見ていたという牢屋の予知夢のように、辛いものも少なくないはずだ。だから見なくていい。いや、絶対に見てほしくない。
「大丈夫だ。もう怖い夢を見ることはない。予知夢だろうと、そうでなかろうと」
「ふふっ、何それ。悪夢からも守ってくれるの?」
「当たり前だ」
うつ伏せに寝ていたマリが、驚いたように上半身を浮かせて振り向いた。
よくわからないが愛しい人の顔を見れるのは嬉しい。ベイルは慣れない手つきでぽんぽんと頭をなでた。
名残惜しいが、まだ途中だ。元の体勢に戻させて、施術を再開する。
「性格までイケメン。夢落ちだったらどうしよう……」
何やら唸るマリの声が聞こえた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さくら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さくら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる