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Ⅺ 青い鳥はすぐそこに
【閑話】取り戻した大切なもの
しおりを挟むベイル様視点です。いつもより少し長め。
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ベイルはこれまでの日々を思い返していた。
裁判が終わって、しばらくたったころ。
どうして自分の手元にあったかわからない彼女の神秘器具が、ボロボロの状態で見つかった。
それと前後して、ハーヴェス侯爵令嬢――レイラ嬢とクリフォードから、彼女の名誉回復を持ちかけられたが。
彼女は死んでしまった。
今さら名誉を回復したところでとは思うものの、贖罪のつもりで二人に協力することにした。
レイラ嬢にドビオン伯爵領や神殿について調べるように命じられて、何の疑問を抱くことなくドビオン伯爵令嬢の婚約者と言う立場を利用した。
まだドビオン伯爵令嬢が関係しているとは知らなかったというのに、なぜか悪いと思うこともなかった。きっと自分はひどい婚約者だったのだろうとベイルは思う。
ドビオン伯爵令嬢と神官ウィガーラの企て知って、ベイルは自分の愚かさを呪った。自分は踊らされていたのだ。それで彼女を傷つけた罪が消えるわけではないけれど、もっと早く気づければ――命くらいは救えたかもしれない。
それからは後悔や自己嫌悪、罪の意識に苛まれながらも、証拠集めに奔走した。
裁判の日を迎え、ほっとした。これですべてが終わると安堵した。
すべてが終わったら自分は、自分のことを誰も知らない場所で、ひっそりと静かに暮らそうと思っていた。
そんなときだ。
彼女が生きている。
クリフォードが明かした。
どうして教えてくれなかった。黙っていた。どうして――。
怒りと悔しさがないまぜになってわけがわからなくなる。同時に、胸の奥底から熱いものが込み上げた。
彼女が、生きている。
ほっとした。だが、やはり後悔が消えることはなかった。
ベルネーゼ侯爵夫人に連れられて向かったサロン。ほんの少し前まで、彼女はここにいたらしい。
困った子ね、と言う夫人からは彼女への愛情が感じられた。夫人はミュリエルの母でもあるのに。夫人まで虜にしたのかと思うと、少しおかしくなった。
ベルネーゼ侯爵夫人はベイルにも一緒に行くかと尋ねた。
咄嗟の判断だった。気づけば、ほとんど無意識に断ってしまっていた。
おかしい。
会って謝りたいと思っていた。だが、それなら一緒に行けばいいだろう。
それなのに、なぜ。
行くなら、連れていってもらうのでは嫌だと思ったから。
自分の意思で、自分の足で、会いに。
――ああ、そうか。
気づくのが遅すぎた。
つい先ほど、夫人まで虜にしたのか、と考えたのは自分ではないか。そんな風に思ったのも、自分が先に虜になってしまっていたからだ。
――恋、していたんだ。ミュリエルではなく、君に。
ミュリエルが自分を見てくれたから舞い上がったのではなかった。彼女が自分を見てくれたから、殿下を押しのけてでも欲しいと思ったのだ。
彼女は隣国の小さな村で暮らしていたという。馬車を乗り継いでいけば一ヶ月。貴族が乗るようなしっかりとした馬車で向かえば三週間弱で着く。だが。
――準備がいるな。
彼女を裏切った自分を、彼女が受け入れてくれるとは思わない。けれど、だからといって何もしないという選択肢はなかった。彼女を愛しているのだと、自覚してしまったから。
ひと冬をかけて根回しをした。そして、春を迎える前にリングドルを発つ。
彼女の神秘器具を持って行ったのは、意図してのことではなかった。けれど、彼女に会って、彼女が直してくれて。
治せるかもしれないと思った。
彼女の神秘も。彼女との関係も。
そう思った矢先のこと。
彼女に、恋人の存在を匂わされて、自分の思い上がりを知った。彼女のためを思ってやっていた治療が、自分のエゴでしかないことに気づかされる。
諦めなくてはならないのか。また、手放さなければならないというのか。
神というものがいるのだとしたら、なんと残酷なことをするのだろう。――いや、これは自分の行いが返ってきたということか。
素直に引き下がるべきだと立ち上がって、ふと、それが目に入った。
入り口近くの木箱の上。そこに、以前ベイルが贈ったピアスがあった。
砕けてしまったと思っていた。いや、そうか。ピアスは通常両耳につけるものだ。片方だけ無事だったのだろう。
まだ、持っていてくれていた。
裏切った男が贈ったピアスなど、本来であれば早々に捨ててしまいたいものだろう。
それを大事にしてくれていたということは――。
まだわからない。だが、その事実にかけようと思った。
だから言った。なるべく早く戻ってくる、と。
「ベイル様」
「……呼び捨てでいい」
「ん。じゃあ、ベイル。あのね――」
流している神秘が心地いいのだろう。くつろいだ様子のマリは色っぽく、心なし声も甘い。理性を保っている自分をほめてほしかった。
マリの神秘回路は、数か月流していなかっただけで再び滞りができてしまっていた。こんなことなら、無理にでもリングドルに連れて戻ればよかったと後悔する。
神秘が使える使えないに関係なく、寿命だけは必ずまっとうしてもらいたかった。
「前ね、予知夢みたいな、といっても音だけなんだけど、繰り返しみる夢があったの。たぶん、私への警告だったんだと思うんだけど」
とつとつと夢の内容を語った。
牢の閉まる音とは……さぞかし恐ろしかったことだろう。
「でも、それきり聞かなくなって。なんだったんだろう」
ベイルは原因を知っている。マリの神秘の治療をするようになって確信を深めた。
マリは聖女だ。この点に関して、神殿は真実を当てていた。
だがベイルはそれを教える気はない。教えて、自覚して振る舞うことがあれば、今度こそ本当に神殿に奪われてしまうから。
「それが予知夢だったとして、また見たいのか?」
「ううん。どうせ見ても生かせないし、怖いだけだから……見ない方がいい」
ほっとした。予知夢をもう一度と望まれたら――どうしただろうか。
今は繋げることに重点を置いている治療だが、元どおりに戻すことに重点を置いて治していけば、また予知夢を見る可能性はあった。だからこそ、あえてそういう治療はしていなかったのだが。
少し前に話題となったミュリエルの予知夢は、マリの魂が記憶していた魔力回路に影響された結果だ。もうそろそろ元に戻っているだろうから、ミュリエルも予知夢を見ることはなくなるだろう。
マリが聖女にもかかわらず、特定の予知夢しか見なかったのは、マリ自身が神秘の扱いに不慣れだったためだ。神秘器具の修理を繰り返し、自身の神秘を流せないにもかかわらず腕を磨いてしまった今は、きっとかなりしっかりとした予知夢を見ることになるだろう。
予知夢はいいものとは限らない。マリが見ていたという牢屋の予知夢のように、辛いものも少なくないはずだ。だから見なくていい。いや、絶対に見てほしくない。
「大丈夫だ。もう怖い夢を見ることはない。予知夢だろうと、そうでなかろうと」
「ふふっ、何それ。悪夢からも守ってくれるの?」
「当たり前だ」
うつ伏せに寝ていたマリが、驚いたように上半身を浮かせて振り向いた。
よくわからないが愛しい人の顔を見れるのは嬉しい。ベイルは慣れない手つきでぽんぽんと頭をなでた。
名残惜しいが、まだ途中だ。元の体勢に戻させて、施術を再開する。
「性格までイケメン。夢落ちだったらどうしよう……」
何やら唸るマリの声が聞こえた。
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