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Ⅺ 青い鳥はすぐそこに
173. 調子のいいお友達
しおりを挟むベイル様と再会して、告白されて、治療をしてもらって。
怒涛の一日だった。けれど今日はまだ終わらない。
ジジ様に挨拶しなければ、というベイル様について家を出た。
メイズヤーンをつけたほうの手を繋いで、並んで歩く。
時折メイズヤーンが光を反射して、その存在を主張した。そのたびに視線がそちらを向いて、恥ずかしいやら嬉しいやら、心が騒がしかった。
「ああ、そうだ。学院の友人たちから手紙を預かってきている。渡すだけ渡しておこう」
「うん? ……友人、たち?」
レイラ様からというならまだわかる。けれど、友人「たち」と言えるほど何人も友人はいなかったはずだ。私は首をかしげた。
「……見ればわかる」
ベイル様の反応も微妙だ。とりあえず受け取って、差出人だけ先に確認する。
一通目は予想通りレイラ様だった。二通目にクリフォード様。意外ではあるけれど、ありえなくはない。
そしてもう一通。その差出人は――。
「まあ! なんて貧相な村かしら!」
「あら、お年寄りばかりじゃない。ちゃんと畑耕せてるのかしら!」
何とも無礼な声が聞こえてきた。ベイル様と顔を見合わせて、声のした方へと向かう。
「あら、村と同じでみすぼらしい子だわ!」
「でも、一緒にいるのって」
「「「ベイルね!」」」
呼び捨て!? と思わず衝撃を受けた。
そこにいたのは三人の少女とお付きの男性。記憶にある顔ではない。けれど――この印象的な会話には心当たりがあった。
なにせ、学院でさんざん嫌味を言われたのだから。
「なんて顔してるのよ。あなたマリでしょ?」
「ちゃんと来るって伝えたでしょう?」
「まさか、文字まで読めなくなられたの?」
三人に詰め寄られタジタジになる。
「い、いえ。これから目を通すところでした……」
そう、最後の一通はこの伯爵家三人娘からのものだった。
「ええと、どうしてこちらに……?」
「わたくし昨年、フェーニ家に嫁ぎましたの」
「は?」
そう明かしたのは、確かアビーと呼ばれてい少女だ。ぼっちゃまと呼ばれていたギオスティン・フェーニ伯爵の息子、次期領主の嫁になったのだという。
学院を中退して(令嬢の中には結構な割合でいる)嫁いできたそうだ。今回、残る二人が卒業したため、領主館で侍女として雇って――せっかくだからと、私のいる村まできてみたらしい。
「だから任せなさいな。すぐにこの村をりっぱな村にして差し上げますわ!」
どうやら村を貶していたわけではなく、問題点を洗い出していただけらしい。紛らわしい。
とはいえ、あいかわらずの貴族っぷり、自由っぷりで。
「なにぼうっと突っ立ってらっしゃるの? 早く案内なさい」
「ずっと馬車に乗っていて疲れましたの」
「来客の歓迎もできませんの? まったく――」
「「「ダメダメですわね」」」
ベイル様の前なのに、という乙女の叫びはどうやら彼女たちには聞こえないらしい。ベイル様はベイル様で微笑ましそうに見ているのがちょっと辛い。
仕方なく、村で一番しっかりとした村長の家に案内し、薬草茶を出す。
村長は最初に挨拶したかと思えば、すぐに奥に引っ込んでしまった。友人たちの語らいは邪魔しない、だそうだ。友人……なのだろうか。
「年下の旦那なんて、って思てましたけれど、悪くないわね」
「ええ。男は若くなくちゃ」
「旦那様、可愛らしいですものね、いちいち照れちゃって」
「ふふふふふ」
のろけを聞かされているのだろうか。そんなに親しくなかったと思うのだけれど。
というより、それ以上に気になっていることがあった。
私はちらちらと彼女たちの付き人らしき壮年男性に目を向ける。執事、だろうか。
「ごめんなさいね、マリ。私たち、いじめてたつもりじゃなかったのよ」
「ちょっと悪戯心はあったかもしれないけど」
「ちょっと調子に乗ってはいたけれど」
「だって――」
「「「ミュリエル様だったら絶対にできなかったもの!」」」
いつの間にか学院時代の話になっていて、三人が(たぶん)謝罪した。
これも手のひら返しと言うべきだろうか。ただ、憎めないのが悔しい。この三人を見ているとどうにも力が抜けてしまうのだ。
「ええと、今日は視察でしょうか?」
「ひどい人! 友人に会いに来ちゃいけないのかしら」
気を取り直して尋ねれば、アビーが怒った。
やっぱり友人だったらしい。納得いかない部分はあるけれど……悪くないかもしれない。
「ほら、照れてないで教えてさしあげないと。無理してきたんだから」
「そうよ。そのために来たんでしょう」
リズとベラが何やらアビーを促している。
「そ、そうね。――マリ。見てちょうだい! 私の子どもよ」
「「私たちの、ね!」」
ずっと気になっていた。執事らしき男性が抱えていたおくるみ。その中にはまだ小さな赤ん坊がすやすやと眠っていた。
どうやら赤ん坊を見せに来てくれたらしい。自然と笑みがこぼれた。
「……可愛い」
「「「でしょう!?」」」
「でも、どうして……」
「もう。何度言わせたらわかるの? 友人だからよ!」
アビーが堂々と言い放った。
これは私が気にしすぎなのだろうか。――そうだ。きっと、そうなのだろう。
「そっか、友人だから、か」
周囲がすべて敵に見えていた学院。でも実際は違っていたのかもしれない。
また一つ、心の澱が溶けて消えた。
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