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Ⅺ 青い鳥はすぐそこに

174. 幸せの素

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 三人は早々に帰って行った。赤ちゃんがいるからちゃんとした宿に泊まりたいということらしい。
 帰っていく馬車を見送って、改めてジジ様の家を伺った。

「色々想定外のことがあって遅くなったが――ジジ殿、ただいま戻りました」
「まったくな。まあ、よく戻った。無事で何よりだ」
「ありがとう。また世話になります」

 ベイル様が頭を下げれば、ジジ様はしみじみと言う。

「ウィルは偉いの。それに比べうちのバカどもたちは。挨拶どころかこの間も――」

 ジジ様の愚痴が始まった。これは長くなるかもしれないと覚悟したとき、ベイル様が割って入った。

「すみません、ジジ殿。もう一つ報告が」
「ああ、すまぬ。聞こう」

 するとベイル様はまた姿勢を改める。

「実は彼女と――リアと婚約したんだ」
「えっ!? べ、ウィ、ウィル!?」

 驚いた。まさか伝えるとは思っていなかった。
 けれど、ジジ様は私以上に驚いていた。目を真ん丸に見開いて、そして、顔全体に喜色を浮かべる。

「そうか! ようやくか! そりゃめでたい! おめでとう、リア。よかったなぁ」

 ジジ様は我がことのように喜んでくれた。宴だーと叫んだけれど、生憎、そんな準備はない。それでも広場で料理していた女性たちに声をかけて、いつもより豪華な食事を用意してくれたのだから感謝に堪えない。

 ベイル様が言った瞬間は、伝えなくても、と思ったけれど、こうして喜んでもらえると、恥ずかしいけれど嬉しい。報告してもらってよかったと思った。

 当然のことながら、この話はあっという間に村全体に広がった。結果、食事の間ずっと、入れ代わり立ち代わり村人たちがお祝いを言いに来ることになった。
 嬉しいしありがたい。けれど。
 ――やっぱり恥ずかしい。

 あとでベイル様には文句を言っておこうと思った。こういうことは事前に一言相談するように、と。



 そうこうしているうちに夕暮れになった。ジジ様の家を辞して、ベイル様に村はずれの家まで送ってもらう。

 ベイル様も私の家に泊まるのかと思っていたけれど、以前もお世話になっていたドードーさんちに滞在するそうだ。二人の家を用意するから、それまで待ってくれと言われた。
 待ってくれというのは、結婚のことだろうか。勝手に顔が赤くなる。

「あ、赤ちゃん、可愛かったね」
「ああ。――マリ、俺たちも早く結婚して子どもを作ろう。二人でも、三人でも。きっといればいるだけ幸せになれる」

 ベイル様の言葉に私は目を瞬かせた。はからずしも、それは以前、奥様が言っていた言葉に似ていた。

「ねえ、マリ? 子どもが二人いたら、親が子どもに注ぐ愛情は半分になると思う?」
「半分……とはならなくても減ってしまうのではないでしょうか。独り占めできる時間が減ってしまうのですから」
「残念、ハズレよ。子どもが二人いたら、親の愛情は二倍になるの。ううん、二倍以上になるわ。だから――遠慮せずにうちの子になりなさい」

 あのときは、奥様が私に気を使わせないために言っているのだと思っていた。
 けれど違うかもしれない。本当に愛情は二倍になるのかもしれない。同じように、幸せも。
 それなら、奥様の子になっておけばよかったかもしれない。奥様ならそのあとで村に戻ってきてしまっても、苦情は言わなかった気がする。


「マリ?」
「あ……うん。私、ちゃんと親になれるかな?」
「そうだな、なってみればいいと思う。ここには祖父母が大勢いるんだ。心配はいらない」
「そっか、そうだね」

 そういう意味では年長者の多いこの村は安心だ。構われ過ぎそうで逆に心配だけれど。

「って、まだ結婚もしてないのに。ごめん」

 かっと顔に血がのぼった。色々あって忘れかけていたけれど、やっぱり私は舞い上がってしまっているらしい。
 結婚うんぬん以前に、告白されたのも受け入れたのも今日だ。親になることを考えるには、まだちょっと気が早かった。

 熱くなった頬を手で押さえていると、半歩先を歩いていたベイル様が足を止めた。
 振り向き、私の両手を握って、正面から向き合う。
 心臓が、ドクンと跳ねた。

「ならしようか、今。もう貴族ではないから、形式にこだわる必要はなかった、な」

 貴族じゃない。その通りだ。
 この世界では、平民は届け出を出す必要すらなかった。互いに誓い合えばそれで結婚だ。
 大切なのは互いの心の持ちようだとされているから。


 だから――今すぐに。この場でだって、結婚できる。




「マリ」

 向けられたのはいつになく真剣な眼差し。澄んだ誠実さのにじむ瞳が私を射抜いた。




 気づけば空には一番星が煌めいていた。
 いつかの空と、同じように。












-----------
 
これにて本編完結です。
ツッコみどころは色々とあるかと思いますが、一応ハッピーエンドということでお許しください。

感想などいただけましたら、作者はとても喜びます。

ここまで長い間お付き合いくださりありがとうございました。
あと二話ほど後日談を上げる予定なので、よろしければそちらもお目通しください。


2019.8.28 つつ
 
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