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Ⅺ 青い鳥はすぐそこに
【後日談】その後の王都
しおりを挟むミュリエルと王太子殿下の挙式が終わるや否や、エイドリアン伯爵は旅立った。
長く学院を休んでいることはレイラも聞き知っていた。けれど、まさか、マリの元にいたとは。
あれから二か月ちょっと。エイドリアン伯爵に持たせた手紙の返信はまだ来ない。
「マリならすぐに返信を書いてくれたと思うのだけれど」
そういえば、平民たちが利用する配達屋は遅れたり行方不明になることが多いと聞いたことがある。もしかしたらマリの手紙はどこかで迷子になっているのかもしれない。
「殿下に配達環境の整備を進言しようかしら」
毎回、返信が来ないとやきもきさせられるのは耐え難い。この分だと、エイドリアン伯爵が王都滞在中に出した手紙も届いていないのではないだろうか。確か国境までは使用人に運ばせたと言っていたけれど。
などと考えていると、部屋のドアが開いた。
「レイラ。追加の書類だそうだ」
「は?」
「おい、口調」
やってきたのはクリフォード様だった。
ここは王宮の一室。後宮と執務棟のちょうど境にあるこの部屋は、レイラに与えられた仕事部屋だ。この部屋までは執務棟に入れる男性なら許可なく訪れることが可能で、クリフォードも例外ではなかった。
「ところで、クリフォード様。わたくしの職務はなんでしたかしら」
「王太子妃つき筆頭女官だろう」
「そう。そうよね。この書類はどなたから渡されたのかしら」
「あ? セーファス殿下だが。いつものことだろ」
「そうね、いつものことね。でも――どうしてセーファス殿下が王太子妃つきの私に仕事を持ってくるのかしら?」
「そりゃ、あんたが優秀……だか、ら――」
「だったら! それでしたら別にクリフォード様でもよろしいでしょう!? どうしてわたくしに持ってらっしゃるの!?」
「いや、俺、護衛だし」
レイラはここ最近の忙しさでいら立ちがピークに達していた。
本来、王太子妃の筆頭女官は、妃殿下が開くお茶会や夜会の手配をしたり、貴族の最新の動向を妃殿下にお伝えするのが役目で、決して政務を手伝うのが仕事ではない。レイラも当初はそれらの仕事のみに従事していたのだけれど。
きっかけは、妃殿下との時間が取れずストレスを溜めていた王太子殿下だ。王太子殿下が突然、「妃殿下との時間の確保をするのも女官の仕事にしよう」と言ってきたのだ。
卒業と同時に結婚式があり、その後は他国への報告や挨拶、慶事に合わせて行うのが慣習となっている大改革と、王太子殿下が多忙を極めていたのは知っていた。だから、少しくらいならと引き受けたのだけれど。
恋に溺れる男は最悪だ。味を占めた王太子殿下は、二か月たった今もレイラに仕事を振っている。しかも、日に日にその量が増えているのだからたちが悪かった。
「――そう」
思いのほか、低い声が出た。いつも飄々としているクリフォードもびくりとする。
「誰も彼もがそういうつもりなのでしたら、わたくしはもう知りません」
そう。おとなしく言うことを聞くなんて自分の柄ではない。
素晴らしい淑女というものは、笑み一つで男を動かすものだ。王妃殿下のように。ベルネーゼ侯爵夫人のように。そして母のように。
どうやら自分は思っていた以上に未熟だったらしいと思い至り、レイラは立ち上がった。
「――もうやめるわ」
「お、おい」
「いいこと? クリフォードは黙っているのよ。誰に聞かれても知りません、存じませんで通してちょうだい。相手が王太子殿下でも、ね」
「いや、それ普通に無理だろ」
「そう。なら――」
「あ?」
近づき、ギュッと抱きしめる。そして。
「ちょ、おい、ばっか――」
クリフォードを押し倒しながら、体内に勢いよく神秘を流し込んだ。
――酩酊感を強める神秘構成を使いながら。
「うぐっ。おい、レイ――」
まもなくクリフォードは、顔を真っ赤にしながら、脱力した様子でソファに沈んだ。
「うう……」
「まったく。婚約者相手だからって油断しすぎではありませんこと?」
そしてレイラは足取り軽く、友人の暮らす村に向かって旅立った。
----------
ちなみに、レイラ様はちゃんと王太子妃(ミュリエル様)に休暇の許可をもらってから向かいました。
慌てて追いかけて行ったクリフォード様は、途中の町で気づいて休暇申請するも、後日罰を受けましたとさ。(結局、クリフォードも行ったんだ……)
あ、セーファス様は別に駄目王子ってわけじゃないんですよ。一応。
ちょっとミュリエル様欠乏症が重症化していただけで。あまり嫌わないでやってくださいね?
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