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Ⅺ 青い鳥はすぐそこに
【後日談】妹と義妹(仮)、兄と義弟(仮)
しおりを挟む外遊に出ていたヴィンスは意気揚々と帰宅する。馬車に山ほどのお土産を乗せて。
最後の二日間は夜通しで馬車を駆けさせたがなんのその。基本的に徹夜はしないスタンスだったが、それも特別な理由があるなら別だ。
そう、今日は特別な日。
隣国から出来の悪い妹が帰ってきたのだ。それに合わせて、王太子妃として城で暮らしている出来がいい方の妹も帰ってきている。ヴィンスにとってはまさに天国だった。
「我が家の天使たちよ、兄が帰ったぞ」
出迎えの立ち並ぶエントランスに足を踏み入れて、天使を愛でるべく両手を広げる。
「お帰りなさいませ、ヴィンスお兄様。でもそれは恥ずかしいからやめてくださる?」
「おっと、これは黙っていれば超絶美女のヘレンではないか。一人かい? 天使で小悪魔なミュリエルとおバカで可愛いマリは?」
「口が悪いのはお兄様のせいだと思いますけれど? ひいきなお兄様?」
「焼きもちかい? ずいぶんと可愛いことを言うように――」
抱きしめようとしてすっと避けられる。
「おや、ヘレン。どうして避けるんだい?」
「私、もう学院に入学しましたのよ? いつまでも子ども扱いなさらないでくださる?」
「それは申し訳ない、レディ。お詫びを兼ねて、お土産を渡しても?」
「許すわ。お願いしていた書物はあったかしら」
「もちろん。原文のままのものも見つけたから両方買って来たよ」
「お兄様、素敵! 早速部屋に戻って読むわ。――そうそう、ミュリエルお姉さまとマリお姉さまは温室にいらっしゃるわ! ではごきげんよう」
ヘレンは挨拶もそこそこに、足早に去っていった。
「ひいきなのは……ヘレンの行動のせいかもしれないね。兄様、さびしいよ……」
腕を目に当てて、泣きまねをする――が、もはや慣れっこな使用人たちは誰一人として相手をしてくれなかった。
「――お部屋に戻られますか? それとも直接」
「もちろん直接だ。一秒でも早く会いたいからね」
「さようにございますか。お土産は温室にはお持ちできませんが、談話室でよろしいでしょうか」
「ああ、頼む。ヘレンのは残りのも部屋に持って行ってやってくれ」
「かしこまりましてございます」
ヴィンスが温室に向かうと、お茶を飲んでくつろぐ二人の姿が――。
「ねえ、マリ! よろしいでしょう?」
「ですから、勘弁してください、ミュリエルお嬢様。無理です」
「あら、またですわ。ミュリエルと呼んでとお願いしましたのに」
「どこのだれが王太子妃を呼び捨てにできるんです? 私はまだ死にたくありません」
目に飛び込んできたのは、ソファにマリを押し倒しているミュリエルの姿。てっきりお茶をしていると思っていたので驚くが、じゃれ合う子猫たちのやりとりは微笑ましく、しばらく声をかけずに眺める。
「わたくしは構わないと言っているのに。――あ、つきましたわ! さあ、見せてちょうだい!」
「おやめください。こんな、恥ずかし――」
そのとき、マリとばっちりと視線が合った。マリが驚愕の表情を浮かべて固まる。
「マリ? どうかなさって?」
気づかれてしまったならしかたない。もう少し可愛らしいじゃれ合いを見ていたくもあったのだけれど。
二人のいる奥まで足を進め、声をかける。
「天使なミュリエルに、可愛いマリ。帰ったよ」
「――あら、お兄様。見られてしまいましたわ。どういたしましょう」
ミュリエルはそっと起き上がり、メイドにすばやくドレスを整えさせる。それから何事もなかったかのように座りなおした。
「お帰りとは言ってくれないのかい?」
「ごめんなさい、お兄様。お帰りなさいませ」
「お、お帰りなさい……」
「うん。二人ともただいま」
ミュリエルの手にキスをして、それからマリの『耳』をなでる。
「ひぇっ」
マリが慌てた様子で、髪につけられたウサ耳や、背負わされた天使の羽根を外す。真っ赤になった顔が食べてしまいたいくらい愛らしかった。
「ふふっ。それで、何をしていたんだい?」
「大したことではございませんわ。明日の夜に仮面舞踏会がございますでしょう? マリにも参加していただこうと思いましたの」
「だ、だからって、どうして仮面舞踏会なのに仮装させようとするんです!? じゃなくて、私は出ませんってば」
我に返ったマリが必死に抗議するけれど、ミュリエルにその声は届いていない。
マリはまだ知らないのだろう。ミュリエルが都合のいい耳しか持っていないということを。
「仮面舞踏会か。それは楽しそうだね。マリはベイルと?」
「ええ。ベイルは今、お母様とアイリスが嬉々として襲っておりますわ」
どうやらベイルも衣装合わせ中らしい。全体的に色素の薄いベルネーゼ一家とは違い、ベイルは濃い髪色をしているので、母たちも新鮮で楽しいのだろう。
「そうか。なら私もヘレンと出よう」
「素敵! ぜひ、そういたしましょう!」
ぱっと顔を輝かせたミュリエルに笑みを浮かべて頷けば、ふと、ミュリエルの用意したウサ耳と天使の羽根が視界に入った。
仮面舞踏会で仮装というのは、実のところない話ではない。それに、もしかしたらちょうどいいかもしれないとも思った。
「ミュリエル。今日のお土産でちょっと見せたいものあるんだが」
「まあ! ぜひお見せいただきたいわ」
「では談話室にいこう。マリもだよ?」
「はい……」
それから外遊に同行していた小姓に命じて、目的の箱を探させる。
箱をあければ、控えめに輝く、黄緑色の布地が現れた。
「前に畑が豊作だったと言っていただろう? きっとマリは若葉の精なのだろうと思って。さあ、着てごらん」
用意したのは若葉の精の衣装だった。
微妙に色味の違う、黄緑色の光沢のある薄布が幾重にも重ねられた、柔らかく、優しい印象のドレスだ。白い薄布で作られた羽根と、葉っぱの冠を乗せる。
羽根は、遠目にはリボンを大きく結んでいるようにも見えるので、仮装慣れしていなくても違和感は少ないはずだ。
「花の精ではございませんの? まだマリには可愛らしいものを着せたいのだけれど」
「ならこれにウサ耳をつけてみるかい?」
「そうですわねぇ」
「後生ですから、やめてください!」
マリが叫んだ。その必死な形相に、思わず笑いがこぼれる。ミュリエルも一緒になって笑った。
「ふふ、仕方ありませんわね。それでしたら、お兄様が買いためた数年分のドレスを端から試着してみましょうか」
「流行遅れにならないように手直しさせ続けていたからおかしなものはないと思うよ」
「まあ! さすがお兄様ですわ。ではマリ、参りましょう?」
「着替えたら見せておくれ」
「もちろんですわ」
マリは半ば強引にミュリエルに連れていかれた。ヴィンスが用意したマリの部屋に。
「ううっ、結婚のご報告に伺っただけだったのに……」
可愛くて可愛い妹の嘆きは聞かなかったことにした。
ヴィンスは二人を見送ったあと、ソファに腰を下ろした。メイドの入れた紅茶を飲みながら、可愛い妹たちの戻りを楽しみに待つ。
――が、閉まったばかりのドアがまたすぐに開いた。
「あ……失礼いたしました、ヴィンス様。お戻りでしたか」
入ってきたのはベイルだった。正装をしていて、おそらくそれは明日の衣装にと選ばれたものなのだろうと察する。
「あの、マリは……」
「よく来たね、ベイル。マリはまだお着替え中だよ。一緒に待つかい?」
「よろしいでしょうか」
「義弟とは仲良くすることにしてるんだ。天使たちに嫌われたくないからね」
正直に答えれば、ベイルは小さく苦笑して、向かいのソファに腰を下ろす。
「マリはいい兄を持ったようですね」
「当然だろう? ところで、この衣装どう思う?」
「若葉の精でしょうか。神秘的で、でも甘さもあって……素敵ですね」
「だろう? ドレスはもう着る機会ないからいらないとマリに言われてしまってね。だから趣向を変えてみたんだ。それでぜひ、明日の仮面舞踏会で着てほしいと思ったのだが――断られてしまったんだよ。何かいい案はないかい?」
次期宰相などと言われていたこともある男だ。急な話でも案の一つや二つ挙げられるだろうと思って振ってみる。
「そうですね。……もう一つご用意することは可能でしょうか? 色違いのものがあるとなおいいのですが」
「おそらくできるだろう。王都で買ったものだからな、これは」
「でしたら、色違いをミュリエル様かヘレン様に着ていただけばよろしいかと。マリは自分だけ違うということを苦手としているようです。逆に言えば、人と同じという状況を作ってしまえば頷きます」
「なかなか悪い男だな、君も」
自分のことを棚に上げて言う。
「だがわかった。すぐに用意させよう。ミュリエルの衣装は殿下が用意してしまうからな。嫌がるだろうがヘレンに着てもらうことにしよう。外国の書物と引き換えにすれば嫌でも着るだろう」
妹たちを愛でるのはヴィンスの生き甲斐だ。着飾った妹たちを思い浮かべ、笑みを浮かべた。
その翌日。屋敷には可愛らしい天使たちの歓喜の声が響き渡った。
----------
マリはセーファス様と友人には戻れなかったけれど、ミュリエル様とは友人になりました。ただ、ヴィンスお兄様とは違って家族って感じではないかも?
おませだったヘレンは才女になっています。学院では常に首席。ミュリエル様も天才だったけれど、ミュリエル様は常識の欠如があったのでベスト5の間を行ったり来たりしていた感じ。妹の方が優秀(でもって美女)です。
これで後日談も終わりにしようと思いますが、ごめんなさい。
レイラ様との再会シーンがどこにもないですね。
メリッサさんたちのその後は――いいことにしましょう。
攻略対象なのにいいところなしのボルトとかも、ね。
彼はまだ父親に厳しくしごかれてるんじゃないでしょうか(笑)
ということで、これで本当に完結です。
機会がありましたら、また別の作品でお会い(?)しましょう。
ありがとうございましたm(__)m
つつ
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