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Ⅹ 集まる想い
148. 力強い味方
しおりを挟む次々と明らかになっていく「入れ替わり」の真実。けれど、メリッサさんの動機だけがわからなかった。
「状況証拠にはなると思うのだけれど……あまり嬉しくなさそうね」
「そんなことは」
真実が明らかになれば、私の罪はほぼなくなり、ベイル様に危うい道を歩ませることもなくなる。いいことなのは確かだ。奥様の言葉を借りるなら、朗報。
ただ、今奥様の言ったように、私の中には迷いが生じていた。
メリッサさんは、一時とはいえ私と一緒にいてくれた人。もっと穏便にカタをつけることができるのではないかと思い始めていた。裁判で有罪になってしまえば、もう貴族の令嬢としてはやっていけない。本当にそうしてしまっていいのだろうか。
「やり方が乱暴――いえ、違うわね。ドビオン伯爵令嬢が可哀想というところかしら」
思わず目を泳がせた。奥様の言葉を否定したいわけではないけれど。
「間違えないで、マリ。これは正当な裁きよ。そもそも、マリが一人になるように仕組んだのはドビオン伯爵令嬢でしょう? マリと一緒にいたのも、マリを想っての行動ではないわ。少し前までのハーヴェス侯爵令嬢を見て、マリと一緒にいれば自分も目立てると気づいたからでしょう?」
レイラ様は私といることでよくも悪くも注目を集めた。神秘の実技の初回授業などはいい例だ。あれでレイラ様の株は一層あがった。
そのレイラ様の立ち位置に入れ代わるように収まったメリッサさん。はたから見れば、一人ぼっちの私と一緒にいてあげる心優しい女性だ。あの女性は誰だと、周囲の視線を集めることになった。
伯爵家のメリッサさんが、公爵家のベイル様と婚約できたのも、そんな評判に下支えされたためだ。
そのことからも、優しさと思えたメリッサさんの行動が、打算に満ちていたことは明らかだった。
「申し訳ありません。心のどこかでメリッサさんがしたんじゃないって思っていたので、気持ちが追いつかなかったみたいです」
「いいのよ。気持ちはわかるもの。私も、マリが学園に行っているときに、もっと気にかけておくべきだったわ。元気がないことには気づいていたのに」
「いえ、奥様はよくしてくださっていました。私が――そう、私が最初からきちんとお話していればよかったんです」
乙女ゲームの世界だとかヒロインだとか考えずに、素直に、前世の記憶しかないのだと話していれば、きっと奥様はミュリエル様が家出していた期間のことを詳しく調べてくれただろう。そうしていれば、ベイル様が今の危うい立場になることもなかったに違いない。
それに、私は大きな思い違いをしていた。
ずっと、自分にも悪いところがあったから、罰を受けなくてはならない。村で隠れるように暮らすのも当然だと思っていた。
確かに間違えてしまった部分はたくさんある。けれど、根本的なところで、私は被害者だ。
孤児の私とミュリエル様との間に接点などなかったし、当然、メリッサさんとの間にも接点はなかった。私はおそらく二人の、もしくは貴族間のいざこざに巻き込まれたのだ。
たぶん、奥様と侯爵様はそれに気づいている。おそらく、陛下も。
だから奥様たちは協力してくれている。
私の一番の過ちは、部分的にとはいえ罪を受け入れてしまったことだ。
騒くんでも、喚くんでも、叫ぶんでもいい。私は抗わなくてはならなかった。おかしいことはおかしいと言わなくてはならなかった。けれど私なすべてを飲み込んで、何も主張しなかった。機会がなかったなんてそれこそ言い訳でしかない。
どこでもよかった。誰の前でも。最低限、どこかで抗議したという事実は残すべきだったのだ。そうすれば、即日判決がくだされるなんてことにはならなくて、陛下と侯爵様が対話する時間ができたかもしれないし、理不尽な裁判の噂が奥様やレイラ様の耳に届いていたかもしれないというのに。
レイラ様は言った。ミュリエル様は自分が苦しんだから、怒ったり、裁判を起こしりしたのだと。
奥様は言った。ミュリエルは一番大事なものを取り戻したから、もう私のことは気にしていないのだと。
こう思ったからこうする。ミュリエル様の行動は一貫していて素直だった。
私もそれでよかったのだと今ならわかる。私も私の正義を主張してよかったのだ。それができるのは自分しかいなかったのだから。
「済んだことを言っても仕方ないわね。この話はここまでにしましょう」
私も同意する。後悔なんてものはそうそうなくならないものなのだ。これ以上は時間の無駄だった。
「話を戻すわね。わかってほしいのは、裁判でなくとも、多くの目があるところで真実を晒すことは必要だということよ」
今度はしっかりと頷いた。先程はメリッサさんのことで動揺してしまったけれど、本当にすべきことはわかっている。
「メリッサさんの非が周囲からみても明らかになっていないと、婚約解消するベイル様の評判を落としかねないということですよね」
「ええ。マリのお願いは、ドビオン伯爵令嬢の行為によって、エイドリアン伯爵の立場が悪くならないようにしてほしいということだったでしょう?」
「おっしゃるとおりです」
ベイル様の周辺の情報を得るために奥様と話をしたとき、私はそう伝えていた。その考えはもちろん変わっていない。
私が願うのは、ベイル様の幸せただそれだけだ。
「んもう……あまり気負い過ぎないのよ?」
「はい、大丈夫です」
自信を持って答えれば、奥様は少し呆れたように息を吐いた。
「いいこと、マリ。無理は厳禁よ。マリにはとっても強力な味方がいるの。だから、一人で頑張る必要はないのよ」
私はきょとんとした。そして、心から笑う。
「奥様のことはちゃんと頼りにさせてもらってます」
そうではないのだけれど――とつぶやく奥様の声は、私の耳には届かなかった。
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