まさかのヒロイン!? 本当に私でいいんですか?

つつ

文字の大きさ
12 / 188
Ⅰ ここはどこ? 私は誰?

12. カツ丼は出ますか? え、違う?

しおりを挟む
 

 年下に翻弄されるなんて……。
 疲弊しながらもなんとか互いの紹介を終えた。
 なぜセーファス様がいらっしゃるんだろうって思ったら、執事が言った「ご学友と共に」のご学友部分がセーファス様のことだったらしい。立場上、公には訪問できないため、以前からこういった手段を取っていたのだという。

「覚えておいて。こんな手を使ってでも会いたいと思っているのは、ミュリエルだけだから」

 セーファス様は言った。
 すごい殺し文句だ。私自身は恋するつもりなんてないけれど、女性たちが落ちるのも納得のイケメン具合だった。

 なんで恋するつもりがないかって?
 それはここがゲームの中じゃなくて現実だからだ。ゲームの中のヒロインだと思って恋などしようものなら、待っているのは破滅だ。そんなわかりきった失敗はしたくない。
 もともと恋愛経験のない私。恋なんてしようと思ってもできないだろうけれど。



 顔合わせが済むと侯爵様が退席された。それでやっとソファーに座ったんだけど。

 え、ちょっと。私、一人でどうしろっていうの?
 初対面みたいなもんなんだよ? わかってる??

 室内に残されたのは、セーファス様とベイル様と私――とメイド長のタイムさん。両親との再会時にもいてくれたあのベテランメイドさんだ。とはいえ、メイドさんが話を振ってくれるわけがなく。気まずい沈黙が――。

「ミュリエル、どうして君がこんな目に……」

 ――落ちなかった。
 目の前には泣きそうな顔をしたセーファス様。見ているこちらが苦しくなる。

「なにか、なにか、覚えてないかい? 記憶喪失になったきっかけは?」

 私は首を振った。むしろ教えてほしいくらいだ。何をどうすれば、村の道端で、前世を思い出すというのだろう。でもって、それまでの記憶を失くすと言うのだろう。

 隕石か? 落ちてきた隕石が頭に当たったのか?
 いや、当たってたら、普通に立ってなどいられなかっただろう。

「どんな些細なことでも構わないよ。覚えていることや思い出したことは?」
「と、特には……」

 一瞬、迷った。何も覚えていないと答えるのでは嘘になるのではないかと。前世の記憶であればあるのだから。
 けれど迷っているうちに、セーファス様は一人納得されてしまった。

「そうか……。事件にでも巻き込まれたのだろうか。ミュリエルが私の思い人だと知った何者かに――」
「殿下……」

 膝の上に置かれた殿下の拳が、白くなるほど固く握られている。もしこの場に犯人がいたなら、殿下は自ら殴りかかりに行っていただろう。

「き、記憶がないと気づいたのは、外出しているときで、道端に立っていたんです。怪我もなかったし、たぶん、事件とかじゃないと思います。たぶんですけど」

 セーファス様を落ち着かせようと言葉を重ねる。事件かどうかなんて私にはまったく見当もつかなかったけれど。
 けれど、常識的に考えて、記憶喪失になるとしたら事件か事故だ。殴られた、とか階段を踏み外して頭を打ったとか。もしくは精神的な衝撃か。

 私自身は、記憶がなくなったのは、単に、水井茉莉の記憶がよみがえったからじゃないかと思っている。じゃあ、どうして水井茉莉の記憶がよみがえったのかと聞かれるとわからないけれど。

「他に覚えていることは? ベイルのことを覚えていたというのは本当かい?」

 わずかに眉を寄せて、どうして自分のことは覚えていなかったのかと言いたげな顔をした。
 いや、それはいい。いや、よくないかもしれないけれど。それよりも、どうしてその話を知っているのかということだ。私は思い切り焦った。

「ち、違うんです、それはっ! それは――」
「違うのか……」

 今度はベイル様が残念そうにこぼす。
 たらしこんだつもりはないけれど、罪悪感がやばかった。

 セーファス様を悲しませたかったわけではない。侯爵様の前でベイル様の名前を出したのは、話の流れのようなものだ。もちろん今だって、ベイル様を傷つけようとして否定したわけではない。

「あ、ええと、その……ご、ごめんなさい」

 とっさに謝罪が口をつくのは日本人の性か。これで丸く収まるなら苦労なんてないというのに。

 セーファス様とベイル様の視線をひしひしと感じる。見つめかえす勇気はなくて、視線を落とす。
 セーファス様がふっと息を吐いた。束の間の緊張が緩む。

「話してはくれないか……」

 ドキッとした。今のやりとりから一体何を察したのだろうか。たとえ何かを察していたとしても、私からは何も言えない。

 ミュリエルの記憶の代わりに茉莉の記憶を取り戻しましたなんて言えないし。
 ベイル様の名前を、前世の記憶から知ったなんて言えないし。
 ましてやここが――乙女ゲームの世界だなんて、口が裂けても言えない。

「――すみません」

 うつむくしかなかった。

 
 
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

処理中です...