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Ⅲ ヒロインの宿命?
29. 嫌な夢
しおりを挟むガシャン
またその音がした。この世界にやってきたときにも聞いた反響する金属音。
何の音かはわからないがそれは私に恐怖をもたらし、意識を暗い闇の底へと引きずり込んでいく――。
「――…ま!」
遠くで声がした。それが真っ暗な闇の中にわずかな光をもたらす。
「ミュリエルお嬢様!」
再び聞こえたのは若い女性の声。何度か繰り返されるうちに、それがこの屋敷のメイドであるシンディーのものだと気づく。
ゆっくりとまぶたを開くと、明るい室内で、シンディーが心配げに私の顔を覗き込んでいた。
「シンディー」
「よかった……お目覚めになられたのですね」
私はぱちぱちと目を瞬かせる。
うーん、シンディー、どうかしたのかな。なんかものすごく心配そうな顔してるんだけど……。
「ひどくうなされておりました。お加減はいかがですか?」
「あ……」
ひどい寝汗だった。どこもかしこもがべたべたしていて気持ち悪い。それに体も怠く、うなされていたというのも納得だった。
先日の夜会のせいだろうか。あれからすでに一週間ほどたっているけれど、クリフォード様に怪しまれたことを思いの外、気にしていたのかもしれない。
それ以外に悪夢を見るような心当たりはない……と思う。今は村にいた頃より断然いい生活をしているのだから。
「具合が悪いわけではないみたい。それより」
「はい、すぐにお湯をお持ちします」
「えぇ、お願い」
そして湯をもらいさっぱりとしてから、両親の待つ食堂に降りる。
以前は自室で朝食をとっていたらしいが、ミュリエルの家出、そして私の記憶喪失のせいで、両親が深刻な心配性になってしまったため、食堂で一緒にとるようになった。
今は毎日朝夕二回は必ず顔を合わせている。
「お父様、お母様、おはようございます。お待たせしてしまい申し訳ありません」
「いや、構わん。では食事にしよう」
「その、お父様は……そろそろ出仕される時刻ではございませんか?」
「ミュリエル……」
まっとうなことを言ったはずなのに、侯爵様は泣きそうな顔をした。
「あ、いえ、ではいただきましょう」
給仕が皿を運んできたのを機に私はそう言ってごまかした。
今日は私もあまりもたもたしていられない。
いよいよ「留学」を理由に休学していた学院に復帰するのだ。
ミュリエルが学院に通っていたのは一ヶ月だけ。それから一年がたっている。
だからまた一年生から始めるのかと思いきや、留学により単位を取得したことになり、二年生になっていた。
とはいえ、それはどちらかといえば貴族的な都合らしい。交友関係の構築や貴族間のパワーバランス、よけいないざこざを起こさないためにも、一緒に進級させておきたいというのが本音のようだ。
などと言ってみたけれど、私の場合はつまり、セーファス様が二年生にあがっているからだ。一応、最有力の婚約者候補だしね。
色々不安ではあるけれど、記憶喪失だとかそういったもろもろの事情は学院に通してある。クラスメイトたちにも周知されているはずだ。
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