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Ⅱ 侯爵令嬢ミュリエルです
25. 夢から覚めたような
しおりを挟む「よくよくお考えなさい。あなたが乗り気ではないとおっしゃるから、お話は進めませんでしたけれど、ガンブラント王国の一の姫との――」
「叔母上!」
メイヴルール公爵夫人の言葉を遮るセーファス様。でも、私の耳にはしっかりと「姫」という単語が届いていた。それだけでメイヴルール公爵夫人が何を言おうとしていたのかがわかる。
セーファス様とメイヴルール公爵夫人が無言で睨み合った。私はそんな二人をはらはらしながら見守る。
私のために争わないで――なんて、どんないい子ちゃんの言葉かと思っていたけれど、今の気持ちはそれに近い。私のために、というよりは私のせいで、だけど。
夜会の最初、入場してきたときの二人は非常に仲が良く、親しみに満ちていた。そんな二人の間にひびを入れたのは、望んでのことでないにしろ、私に違いなかった。私のせいで――その事実に心が痛む。
「それが嫌なら、すぐにでも婚約なさい。それこそ、覚悟を決めて、ね」
そしてメイヴルール公爵夫人の視線が私に向く。
「あなたにその困難に立ち向かうだけの覚悟ができるとは到底思えませんけれどね。だってあなた――セーファスのこと愛してないでしょう?」
思わぬ言葉だった。ずっと論理的に説得していたメイヴルール公爵夫人の口から愛なんて言葉が出てくるとは思っていなかった。
セーファス様を愛しているかと聞かれれば、愛していないと答えるしかない。
結婚相手として優良物件だと思うし、これまでの男性に対する意識を変えるくらいの好意は抱いている。でも、好意を抱いている自分を冷静に見れている時点で、恋もしていなければ愛してもいないのだろうと思っていた。
何も答えられない私に、メイヴルール公爵夫人が蔑むような目を向ける。
「これでもわたくし、甥思いですのよ。セーファスのことを愛しているわけでもないあなたに、これから国を背負って苦労するだろうセーファスを託そうとは思いませんの。では失礼」
ここまでメイヴルール公爵夫人が口にしてきたことはすべて正論だ。言葉こそきついが、至極真っ当な意見だった。
私は、私の周りにいる人たちがみんな甘いから、勘違いしてしまったのだ。
記憶喪失だから、できなくて当然。わからなくて当然。失敗してしまっても許される。
婚約者候補だなんて知らない。好意を向けられるのも、相手が一方的に向けて来るものだから私が何か努力する必要なんてない。
そんなわけなかったのに。
何もわからないのは私の事情であって、周りの人たちの事情ではない。
私は私として、ミュリエルとして生きるなら――もっと知ろうとしたり、できるように努力したり、何より、甘えるだけでなく対等に向き合わなくてはならなかったのだ。
去っていったメイヴルール公爵夫人の後ろ姿を目で追う。夫人はすぐに別のご婦人がたに囲まれて、和やかに会話を始めた。
私はそこにメイヴルール公爵夫人のカリスマ性を見た気がした。
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