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Ⅱ 侯爵令嬢ミュリエルです
24. 私の甘え
しおりを挟む私が落ち込んでいる間にも、話は進んでいく。
「あら、そう。なら、あなたも随分と甘いわね。自分の立場は理解しているのでしょう? この娘、見たところ、これまでに学んだことのすべてを忘れてしまっているようよ? 今から王妃教育だなんて、大変でしょうね」
「確かに少々ぎこちないところはあると思いますが、一ヶ月でここまで令嬢として振る舞えるようになったのです。大丈夫です」
「そのような低い意識でいて、どうにかなるとでも? 誰もかれもがこの娘の記憶喪失を知っているわけではありませんのよ」
その言葉にはっとする。
記憶喪失ということにしておけば大丈夫だと思っていた。けれど、これは私が記憶喪失だと知っている人にしか通用しない。
だからといって今後会う人会う人、はじから記憶喪失だと説明していくのは、実際のところ不可能だろう。そんなことをしていたら、円滑な人間関係など到底望めるはずなかった。
「考えてごらんなさい。もし、この娘を婚約者として伴って出た夜会で、他国の来賓の前で粗相をしたといたしましょう。そのときも記憶喪失を言い訳になさるの? それで他国の来賓が粗相を見逃してくれるとでも? よほど懐の広い国でもなければ、これ幸いにとこちらに不利な交渉を持ちかけられたり、慰謝料を請求されるでしょうね」
そんなの恐ろしすぎる。想像もしたくない。
「ましてや我が国の栄誉たる研究の成果まで忘れてしまっている始末。これでは来賓の接待もできないでしょう」
「……そういった点は、記憶が戻ればおのずと思い出すでしょう」
「そうだとして、それはいつかしら?」
私の位置からセーファス様の顔はうかがえない。けれど、後ろ姿からでも、セーファス様が答えあぐねていることはわかった。
「叔母上……無茶をおっしゃらないでください。そんなことわかるはずありませんでしょう?」
「わからないで済む問題ではないと言っているのです。記憶が戻るのは一ヶ月後かしら。それとも半年後かしら。一年で済めばいいわね? それなら婚約期間内でしょうから。けれど、もし記憶が戻るまでに十年かかったら? 一生戻らなかったら? それでもあなたはいつか戻ると信じて待ち続けるのかしら?」
「それは……」
「婚約者候補として学んできた礼儀作法や知識は、一年やそこらの学習で取り戻せるものではありません。ましてや、子どものうちであれば簡単に身につけられたものも、大人になってからでは倍以上の時間がかかるわ。死に物狂いでレッスンなされば二、三年で何とかなるかもしれませんけれど……どうせあなたのことだから、そんな大変な思いはさせたくないと言うのでしょう?」
私はぽかんと口を開けてしまった。
立派に王太子として務めているセーファス様であっても、これにはもはや、ぐうの音も出ない。
メイヴルール公爵夫人の言葉には、一分の隙もなかった。
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