49 / 188
Ⅳ 日本人は空気を読める子、だよね
48. 貴族としてのステータス
しおりを挟むそれは、一ヶ月ほど前の出来事だった。
いつものように図書室のすみで本とノートを開いて自習をしていると、ふいに声がかかった。
「ベルネーゼ侯爵令嬢?」
手を止めて顔を上げるとそこにいたのは、不機嫌そうな顔をしたアッシュグレーの髪の青年。
「ク、クリフォード様」
私は思わず視線を泳がせた。こんなところに貴族である彼が来るのは予想外だった。特に、夜会のとき「茉莉」に気づかれそうになったクリフォード様には苦手意識があるので、若干どころじゃない動揺をしてしまう。
けれどクリフォード様はそんな私に気づくことなく私の手元をのぞき、そして大きく顔をしかめた。
「いい機会だ。一つ言っておこう」
その前振りだけでもう、ろくなことを言われないとわかった。先日の夜会もそうだけど、ゲームが王宮ルートに入っているところからしても、クリフォード様が私に対していい印象を抱いていないのは確実だ。どんな罵詈雑言が飛び出してきたとしてもおかしくなかった。
「いえ、自習中なので結構で――」
「あんたさ、学院やめたら?」
意地でねじ込んだ言葉を言い切る前に、クリフォード様に言われてしまう。これは耳を塞ぐ方が正解だっただろうか、とそんな余計なことへと意識を逃がす。
「授業についていけないのにここにいてもしかたねーだろ」
「そのようなこと、クリフォード様に言われるいわれはありません!」
考えるより先にそう口にしていた。悔しいような、悲しいような、でもそれよりも苛々として、私はきつい口調で言い返していた。
あっと一瞬、罪悪感のような感情が湧く。けど、言葉を撤回する気にはならなかった。
だって、そうでしょ? 学院に通うもやめるも私自身のことで、家族ならまだしも他人であるクリフォード様に口を挟まれたくはなかった。
たとえ、授業についていけていないのが事実だとしても。
「……それもそうだな。殿下の手を煩わせない限りは勝手にすればいい」
このときは腹立たしいと思いながらも気にせずに別れた。
でも、家に帰ると急に不安になった。やっぱり授業についていけない自分は学院をやめた方がいいのではないかと。
私は寝る前のお茶の支度をしてくれているメイドのシンディーを見ながら口を開いた。
「ねえ、シンディー。勉強は学院でなくてもできると思うのだけれど、家庭教師だけではいけないのかしら?」
すると予想以上の反応が返ってきた。流れるように動いていたお茶を入れる手がピタリと止まり、目はくわっと見開かれ、私に詰め寄らんばかりに身を乗り出す。
「家庭教師だけなんて、とんでもありません! よろしいですか? 学院を卒業することは貴族としてのステータスです。王太子殿下の婚約者として正式に認めてもらうためにも、そこは譲れません。確かに、授業についていけない方などは家庭教師をつけて代用することもありますが、それは落ちこぼれと言われる人だけですわ。ミュリエル様は違うでしょう?」
ミュリエルは元々かなり頭がよかったらしい。だからだろう、この屋敷にいる誰もが、ミュリエルが授業についていけていないなどとは考えもしていないようだった。
私が心配をかけたくなくて、初日、二日目の出来事を話さなかったというのも理由の一つだろうけれど。
「それに学院は貴族の子どもたちの社交場ですからね――ああ! そういうことですか? もしかしてマナーやダンスのことでどなたかに不快な言葉をかけられたのですか?」
「ええと……少し注意されただけよ」
「申し訳ございません。お嬢様に恥をかかせるなど。今後は屋敷でのマナーやダンスの時間を増やしましょう。それから、肌や髪のお手入れと体型づくりもですね。もう誰にもなにも言わせないよういたしますから、どうぞご安心ください」
私はシンディーの勘違いを訂正しなかった。その点について陰口を叩かれているのも事実だったし、勉強に苦労していることを両親に隠し通すためにも、事実は知られない方がいいと思ったからだ。
勉強は学院の図書室や、みんなが寝静まった深夜に。いつも夕食の後にしていたダンスやマナーの授業は、帰宅してから夕食の前にも追加された。
こうして私はさらなる多忙な日々を過ごすようになった。
それでも。そこまで努力しても、本物の令嬢であるレイラ様のお眼鏡には敵わなかったのだ。私は目の前が真っ暗になった。
0
あなたにおすすめの小説
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる