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Ⅴ いざ、帰らん!
54. 長期休暇にはつきもののアレといえば
しおりを挟む学院では、長期休暇前に各家庭に届けられるものがあった。通知表だ。
定期テストと呼ばれるものはないけれど、各科目の課題提出状況や普段の授業態度、それから不定期に行われていたテストの点が成績に反映されている。
日頃から忙しくしているお父様は、休暇初日には届いていたはずのそれに、おそらく今日、初めて気づいたのだろう。
学院内にも総合評価は掲示されているので、私も大よその結果は知っている。とてもではないが、人に見せられるような成績ではなかった。
足取り重く、お父様の部屋に向かう。
お父様は何と言うだろうか。叱るだろうか、それとも心配するだろうか。いいや、もしかしたらこれをきっかけに私を疑い始めるかもしれない――。
自分が転生者だと、ミュリエルの体を乗っ取ったのではなく、ミュリエルとして生まれ変わってきたのだと、確信があればよかったのに。そうしたら、前世の記憶を思い出して変わってしまっただろう自分の性格も、新しい自分だと胸を張って主張できたのに。
「来たか。座りなさい」
書斎に入ってまっすぐと奥を見ればそこには仕事机の前に座るお父様がいた。それから見るともなしに目に入った、きれいに片付けられた仕事机に驚く。
今夜のお父様は団らんの時間を取らずに先に戻ったので、そういう日の常のように、机の上に書類を広げて忙しくしていると思っていた。けれど、まっさらな机の様子からもわかるように、お父様は何もせず、じっと座って待っていたようだった。
そして、そんなお父様の口から次に飛び出たのは、予想外の言葉だった。
「おまえは……エイドリアン伯爵がいいのか?」
「はい……?」
どうしてここでベイル様の名前が出てくるのだろうかと首を傾げる。ベイル様は同じ学院の生徒であるし、仲良くさせてもらってもいるが、クラスが違う。私の勉強のできなさ具合は知らないはずで――。
「ミュリエル。私は、エイドリアン伯爵を好いてるのか、と聞いているのだが……」
「え、えぇ!?」
思わず声が裏返り、おかしな声が出る。頭の中がパニックになっていた。
すすすすすすす、好いてる!? って、ええ!? や、え、その……す、好きっ!?
た、たたた確かに、ベイル様には婚約してくれって……あああああああ、こ、婚約って、そ、それって……!?
ベイル様に告白されたのはまだほんの数時間前のこと。思い出した瞬間、ぼんと音がしたんじゃないかという勢いで顔が真っ赤になった。
そうだ……私、ベイル様に告白されたんだ……。
数時間たってようやくその実感がわく。同時に、今まで感じたことのないような落ち着かなさに囚われた。
――ベイル様。
心の中でその名前を呟けば、戸惑いと甘い喜び、そして切なさが、突風のように吹き荒れ、心を乱す。
「そうか……」
わずかに浮かんだ苦悩の表情。漏れ聞こえたお父様の声で、はっと我に返った。
「お、お父様。私は――」
「いや、いい。よく――わかった。この件についてはすぐにどうこうというものではない。状況を見て、続きについては話をしよう」
わかった? ――って何が?
私はまだ答えていない。だから不安になりながらお父様を見るけれど、お父様は私の答えを必要としていないようだった。
「明日は早い。もう部屋に戻って休みなさい」
「はい。では……おやすみなさい、お父様」
「ああ。ゆっくりおやすみ、ミュリエル」
結局、成績については何も言われなかったな、と気づいたのは、ベッドに入って眠りに落ちる瞬間のことだった。
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