まさかのヒロイン!? 本当に私でいいんですか?

つつ

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Ⅴ いざ、帰らん!

59. お疲れの君

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 そして迎えたデートの日。ベイル様は約束通りの時刻に迎えに来てくれた。

「お待たせし――」

 馬車の前に立つベイル様。若草色のジャケットは春らしく麗しかった。普段、濃い色の服を着ていることが多いため、とても新鮮に映る。また、こちらに向けられた優しげな眼差しは、私を一瞬にして捕らえてしまった。徐々に頬に熱が集まる。けれど不思議と視線を外したいとは思えなかった。

 そうして無言で見つめ合うことしばらく。コホンというお兄様の咳払いではっと我に返った。

「ああ、すまない。久しぶりだったから、つい……」
「いえ、私のほうこそ」

 なんとなく気恥ずかしくなってもじもじとする。いつもはどうやって会話していただろう。急にわからなくなった。

「い、行こうか。帰りが遅くなってもいけないし」
「は、はい……よろしく、お願いします……」

 そして見送りに出ていたお兄様を振り返る。

「お見送りありがとうございます、お兄様。行ってまいります」
「外出の許可をいただきありがとうございます。お預かりさせていただきます」
「ミュリエル……」

 お兄様は私をギュッと抱きしめる。永遠の別れでもないのになんと大げさな……。
 お兄様の胸板で完全に塞がれてしまった視線の中でひそかにため息をつく。頭上ではお兄様とベイル様との会話が続いていた。

「手は出すなよ? 必ず無事に返せ」
「もちろんです。お約束いたします」

 それからさらにそこそこの時間抱きしめられて、ようやく解放される。そしてお兄様から離れようとするが、今度は肩を掴まれ顔を上げさせられた。

「待って、ミュリエル。この前も教えたけれど、絶対に隙を見せてはいけないよ。男は狼だからね。忘れないで」
「は、はい、お兄様」

 ちらりと背後のベイル様を気にしつつ頷く。
 本人の前で言うか、普通……なんて、少しひきながら思うけれど、お兄様には逆らわない。逆らえば今からでも外出許可は取り下げられてしまうだろう。

「では、行ってまいります」
「ああ。気をつけてな」

 待てども待てども離されない手を引きはがすように、もう一度挨拶をして距離を取る。お兄様は不満そうにしながらも、ようやく出発を許してくれた。




「ごめんなさい、お兄様が。気分悪くされたでしょう?」

 馬車に乗ってすぐ、私はベイル様に謝罪した。

「いや。この程度で済むと思っていなかったからむしろ……」
「え?」
「ああ、いや、何でもない。それより、休暇はどうだ? 領地に帰って気分もだいぶ落ち着いたのではないか?」

 私は首を傾げるがベイル様は答えず、別の話を始める。少なくとも、お兄様の態度を怒っていないことだけはわかったので、私も気にしないことにした。

「そうですね、休暇は――お兄様がずっと一緒にいてくださるので、その……なんだか不思議な感じです。ベイル様は? ベイル様はどう過ごされていましたか?」
「私? 私のことはいいよ」
「いいえ。ぜひ聞いてみたいです。休暇ですし、のんびりされていたのですか?」
「あー、聞いても面白くはないと思うけれど。……そうだな、意外とのんびりはしていないな。父が忙しい人だから、その手伝いをしたり、領地の視察に出たり……」
「あら、ではずっとお仕事をなさっていたのですか?」
「仕事というほどではないけれどね」

 それが謙遜であることは私でもわかる。きっと、ベイル様は公爵様にも信頼されて、仕事を任されているのだろう。

「ではもしかして、お疲れなのではありませんか?」
「いや――ああ、そうだな。疲れているかもしれない」

 予想と違う答えに目を瞬かせる。すると、ベイル様がにっと笑った。

「だから、ミュリエル。私を癒してくれるか?」

 私は驚きのあまり言葉を失った。これがセーファス様だったならわかる。けれど、まさかベイル様がこんなことを言うとは――こんな悪戯心があったとは。

 いや、まあ、癒せるものなら癒してあげたいと思う。けれど、思い浮かぶのはお昼寝――膝、まくら、とか…しか……………。

「ミュリエル?」

 ベイル様に顔を覗き込まれ、慌てて身を引く。そして恥ずかしさをごまかすように慌てて口を開いた。

「も、もうっ、なにを言われるのですか。か、からかわないでくださいませ」

 動揺を隠すように、私はぷいっと顔を背けるが、心臓はバクバクとうるさく、聞こえてしまうのではないかと緊張する。
 っていうか、最悪。想像しちゃったじゃん。原っぱにベイル様の上着を敷いて、そこに座った私の膝に、ベイル様の頭が――っ!!

「ふふっ、ごめん、ごめん。――でも、真っ赤なミュリエル、すごく可愛い」
「なっ!?」

 さらに、耳まで真っ赤だ、と耳元でささやかれる。

 あああああああああああーっ!!!!

 私は心の中で絶叫した。髪をきれいに結い上げてくれたメイドを恨みたくなる。ベイル様の声が、吐息が、耳に、そして首元をなぞり続々とする。
 ……もう、だめ、かも。

 とはいえ、気絶できるほど、軟弱な体ではなかったらしい。私は緊張で体をカチコチにしたまま、馬車に揺られ続けた。


 うう、顔が熱い。翻弄されっぱなしだ。私はこの世界で恋するつもりなんてなかったのに。
 い、いや、別に恋してるって意味じゃないよ! 恋なんてしてないし! してないし、ね……?

 とそこまで考えたところで、先日のベイル様の告白と、お父様の言葉を思い出し、さらに動揺する。

 そんなわたわたと一人動揺する私を、ベイル様は移動の間、ずっと優しい目で見守っていた。


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