姉より可愛い弟なんて存在する筈がない

make a break 真３

　誰かが泣いている。泣き叫んでいる。それが誰なのかは分からない。分かっていることはその誰かがオレの知っている人だということ。
　いや、知っているかどうかはどうでもいい。重要なのはオレの近くで泣いているということ。誰かが涙を流している。オレが動く理由はそれだけで充分だ。
　しかし、体は動かない。指一本動かない。まるでメデューサに石にされたかのように。
　弱い。オレは弱い。人一人助けられないなんて。
　━━━「助ける」？何で泣いているか知らないのに？何で「助ける」なんだ？泣いている理由をオレは知っている？
　記憶を遡る。だが、肝心な記憶は黒い影がモヤのように覆い被さっていて、それが何かは分からない。

　結局オレは泣いている誰かを眺めることしか出来なかった。




「ハッ！？」

　無事に意識を取り戻し、目を開けた大毅は一瞬でそのチカチカする眩しい光に視力を奪われた。しかし、大毅は慌てて目蓋を閉じる、という行動をとることはなかった。
　人間の順応性は凄いもので、いかにチカチカする光だろうがものの十秒待てば慣れてくる。そう考えたのだ。そして、事実大毅は十秒経たず視力を取り戻した。
                                                                         
　目に覆い被さっていた白い光が消え、まず最初に目に入ってきたのは壮大なシャンデリアだった。

　何だこれは。とポカンと大毅には似合わない間抜けな顔を一瞬見せるが、すぐに表情が戻る。

　心当たりしかなかった。よく考えればすぐ分かることだった。謎の記憶の途絶え、そしてその記憶に鮮明に映る宗吾の最後の顔と声。極めつけは一般的な家庭にはまずないシャンデリア。間違いない。ここは鳳家だ。

　あの馬鹿。家出した家に一人で帰るのが嫌だったからってオレを巻き込みやがった。
　と、大毅は内心激昂しながらも、そのまま無言で起き上がると、誰もいない部屋をすたすたと中心まで歩き、心の内側で押さえきれなくなった怒りを吼えた。

　その声に、大毅が意識を取り戻したことを知ったのか、部屋の外からドアを開けて、一目で分かるほど慌てた様子で鳳家に仕えている黒い燕尾服を着た使用人がやってくる。
　
　この人には悪いことしたな。すまん......。

　汗だくでぜえぜえと息を整える中年の使用人を見て、吼えたことですっかり怒りが静まった大毅は文字通り心から謝った。
　無論声には出さなかった。声に出さなかった理由は、ここで謝るのは何かダサい上に、腰が低い使用人との謝り合戦が繰り広げられるのは目に見えていたためだった。

　前者一割後者九割って感じだ。

　昔から次々と事件を引き起こしてる大毅にとって謝るのは得意中の得意とも言えることだったが、謝るのが仕事みたいな本職使用人には勝てる気がしなかった。......完全に偏見である。

「はぁはぁはぁ......石刀様でございますね。はぁはぁ......宗吾様はこちらになります。どうぞ私の後ろへ付いてきてください」

　どうしようか。このオッサン何か興奮してるみたいでちょっとキモいんだが。慌ててきたから息が乱れたってのは分かるのだが...オレのせいだって分かるのだが、すまん。やっぱり、ちょっとじゃなくて大分キモい。

　無論声には出さなかった。理由は......必要ないだろう。まともな人間のオレがこんな罵詈雑言を言えるはずがない。
　......勿論建前だ。本当の理由は、罵倒したところで興奮されたらもうホントどうしたら良いか分からなくなって思わず殺ってしまいそうだったからだ。

　マゾヒズム自体あまり多くないので、このオッサンが興奮する可能性は高くないのだが、触らぬ神に祟りなし。色々な感情を圧し殺しながら素直に後を付いていった。