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しおりを挟む「……今日は何だ?」
困り果てた顔でレイナルドは婚約者を見た。今日のアメリアも、挨拶の時には既に涙目になっていた。
「うぅ……申し訳ありません」
「……理由は?」
アメリアは眉尻を下げ視線を彷徨わせており、言っても良いものか思案しているようだった。「……別に罰したりはしない」というレイナルドの一言でアメリアはおずおずと口を開いた。
「わ、私も、殿下をお名前でお呼びしたいです……!」
「なっ……」
アメリアはレイナルドの瞳をじっと見つめた。まだ短い付き合いだが、アメリアはこうなると梃子でも動かないことをレイナルドは知っている。
その時、ルパートがテーブルの上に飾られた花をそっと指さした。勿論アメリアに気付かれないように注意を払っている。レイナルドはそこで漸くアメリアの言葉の真意に辿り着いた。
アメリアが王子妃教育を受け終えこちらに来る少し前まで、この東屋にはレイナルドの従姉である二コラがやって来ていた。テーブルの上の花は二コラが持ってきたものだ。二コラの父は辺境伯であり、辺境伯領の騎士団をまとめあげている屈強な男だ。彼女の父に似てズバズバと物を言う、男勝りな二コラを、レイナルドは苦手としていた。
二コラもまたウジウジとネガティブなレイナルドに苛立っているようで、会えばいつも叱られていた。そう、先程も「婚約者ができたというのにだらしない」とか「王子教育を真面目に受けるべきだ」とか耳の痛いことばかり言われた。
レイナルドにとっては苦痛の時間だったが、それを見掛けたのであろうアメリアはどう感じただろうか。「二コラ」「レイナルド」と呼び合う二人を見て、距離の近さを感じたのではないか……実際にはお互いに距離を置きたい間柄なのだが。
「……好きに呼べばいいだろう」
ルパートはレイナルドの言葉に頭を抱えた。アメリアの瞳には涙がせり上がり、ぽたぽたと流れ落ちた。
「……私は、殿下の許可が無いとお呼びできないのです」
レイナルドは小さく息を吐いた。そう、アメリアはレイナルドの前では泣き虫で、よく笑う、子どもらしい娘だが、それはあくまでレイナルドの前だけだ。普段のアメリアは、五歳とは到底思えないほどの淑女らしい性格であり、立場を弁えた振る舞いをする人間だ。名前の呼び方一つでも、そう考えることは少し考えれば分かるはずだった。
「アメリア」
そう呼びかければ、パチリと目が合いレイナルドは落ち着かない気持ちになった。
「……レイ、と呼べ」
「レイ、様?」
「ああ……あと」
混じりけの無い綺麗な瞳で見つめられてそう呼ばれると、余計に気持ちが落ち着かなくなり、プイと視線を逸らせた。
「……二コラは、従姉は、いつも俺を叱りに来ているだけだ。うんざりしている」
「そ、そうでしたか」
「……アメリアとの時間の方が……まだ、マシだ」
何故自分は浮気男の言い訳のような言葉を並べているのだろう。ルパートは主の情けない姿を見て、笑いを我慢しすぎて肩を震わせている。もっと上手くフォローできなかったのか。そう思うのに、目の前の婚約者は「うれしい」と小さく呟いて綻ぶような笑顔を見せた。レイナルドの心はまた揺れ始めた。
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