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しおりを挟むエリザベスはレイナルドとアメリアと別れた後、婚約者チャールズの執務室に顔を覗かせた。チャールズは快く迎えてくれ、エリザベスはほっと一息ついた。
「そっか。レイのせいでカフェはお預けになっちゃったんだね」
「ええ。今日は季節のフルーツパフェを食べようと楽しみにしていましたのに!」
「……なかなか付き合ってあげられなくてごめんね」
エリザベスが鼻息を荒くしていると、チャールズは珍しく目を伏せて項垂れた。そんな婚約者の頭をエリザベスは優しく撫でた。
「ふふ、貴重なデートの時は必ず私の行きたい場所に連れて行ってくださって感謝していますわ」
「でも……」
「今日だってお忙しいのにこうやってお部屋に入れてくれて……それだけで十分幸せですわ」
「そんなの……婚約者なんだから当たり前だろう?」
「それを当たり前だと言ってくれることが、嬉しいのです」
にっこりと微笑むエリザベスの髪を一房取り、くるくると弄り始めたチャールズは大きく溜め息を吐いた。
「エリィが可愛すぎて辛い」
「あら」
くすくすと笑い声を上げるエリザベスを胸の中に閉じ込め「……本当に無理してない?」と不安そうに尋ねる。顔を上げたエリザベスはぺたぺたとチャールズの顔を触ると「一体どうされたのです?」と聞き返した。
「……僕たちみたいな立場で生まれると、難しいことばかりだろう」
「ええ」
「大事な婚約者には、膨大な教育と公務を押し付けることになるし……それなのにどうしたって悪く言う人間もいるし」
「あら、そんなものには負けませんわ」
「うん……だけどさ、他の令息と婚約していたらきっとこんな苦しい思いをさせないだろうと、いつでもデートに連れて行ってあげられるだろうと、ふと恐ろしくなる日があるんだ」
「チャールズ様」
こんな泣き言を吐くことすら許されない立場の彼を、どうしたら癒すことができるのか。胸を苦しくさせながらエリザベスは口を開いた。
「……確かに、他の令息ならこれほど必死に勉強しなくても良いですわね。デートも行き放題ですわ」
「……うん」
「でも」
「どんなに勉強が辛くても、偶にしかデートに行けなくても、私が隣に居たいのはチャールズ様だけなのですから」
「……エリィ」
「チャールズ様だからここまで頑張れるのです……チャールズ様こそ余所見しないでくださいませ」
「余所見なんて有り得ない」
くすくすと嬉しそうな笑い声を聞きながら、チャールズは愛する婚約者をきつくきつく抱き締めた。あまりに力が強すぎて彼女が身を捩るが手を緩めることはしない……いやできなかった。彼女への愛と不安が溢れ出し、それを抑えるにはこうするしかなかった。暫くそうやって過ごした後、エリザベスに叱られ漸く力を緩めた。勿論離れることはしなかった。
「……レイは僕以上に不安だろうな」
「ええ。でもアメリア様ならきっと大丈夫ですわ」
「ああ。僕もそんな気がしているよ」
チャールズが初めてアメリアと会った時、正確にはアメリアを見つめるレイナルドを初めて見た時、チャールズは慄いた。
光、だと思った。その思いは幼いアメリアにとっては重責となるだろう。だがそう思わずにはいられなかった。
弟はずっと深い暗闇にいた。家族がどんなに呼びかけても、そこから出ようとはしなかった。暗く、辛い日々が長く続いていた。だがアメリアと出会い、弟は少しずつ変わっていった。
自分にだけ見せる涙に対して、どうにかして慰めたい、と弟はいつも必死だ。不器用に手を差し出せば、アメリアはいつも嬉しそうに弟の想いを受け取っている。アメリアもまた、婚約者を大事に想っていることをいつも全身で伝えており、弟は戸惑いながらもその想いを拒絶することはない。
幼い二人には沢山の試練が待ち構えているだろう。だが、それを乗り越えられるよう手を貸そうとチャールズとエリザベスは心に誓った。
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