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沼に嵌まりましょう

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 検査入院当日。


「明日、また迎えに来るから」


 見送る雅也さんを何度も振り返って確認してしまう。私が見えなくなるまで、雅也さんは帰ろうとはしなかった。



 雅也さんが保証人になってくれると言ったあの日。私は散々泣いてしまった。迷惑だっただろうに、雅也さんはいつもと違う優しい表情で、私が泣き止むのをずっと待ってくれた。そして、検査入院時に病院への送迎もすると決められてしまった。何時もの如く、遠慮した、したのだが。



「迷惑とか、もう思わなくていい」


「でも」


「次、そんな風に思ったら」


「思ったら?」


 雅也さんは、私に告げるペナルティーを考えているのだろう。しばらく苦悩の表情を浮かべていた。たっぷり考えた後、




「…もう、野菜選びはしな」

「駄目です!絶対駄目ですから!」


 私の食い気味の拒否に、雅也さんは可笑しそうにフッと笑った。そして送迎の約束をして、私の頭に手を置き「ゆっくり休むように」と帰っていった。




 嬉しかった、野菜選びのことを大切に思ってくれているような気がして。


 嬉しかった、困っていることを助けてくれて。


 嬉しかった、他の表情を見せてくれて。



 雅也さんの、いつも違う優しい声や、緩んだ表情、嬉しくなる言葉の数々、頭に置かれた大きめの手、色々なことをついつい反芻してしまい、顔も、身体も、心も、ぐっと熱くなる。





「…さん、加藤さん」

「はっ、はいっ!」


「いつもより、かなり血圧も高いし、心拍数も多いんだけど、大丈夫?緊張してる?」


 看護師さんの心配そうに尋ねる。緊張しているかも、と咄嗟に嘘をつき、深呼吸してから再度計り直してもらう。



(雅也さんに、何かお返ししたいなぁ)


 入院中はそのことばかり考えていた。



 
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