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しおりを挟むシャルロットの記憶の中の彼は、常にマイペースだった。腹が立つほどに。
「……遅い」
ベッドに腰掛けてシャルロットは呟いた。その声音には怒りが満ちており、吊り目がちな目は更に吊り上がっている。
本日からシャルロットの夫になったフィリップは、それはもうマイペースな男だった。
シャルロットとフィリップの出会いは幼少の頃、家族ぐるみで仲が良く定期的に互いの家を行き来していた。その頃からフィリップはマイペースで、庭の蟻を何時間でも眺めているような少々変わった子どもだった。
バーデキン侯爵家の令息ではあるものの、次男という気楽な立場でフィリップは貴族としての教育は適当にこなし、自身が興味のある昆虫の学術書ばかり読み耽った。それが高じて、現在は昆虫生態学の研究者として高等学院で働いているのだから筋金入りのマイペースだと言えよう。
「……だからって今日くらいは、」
シャルロットは言葉を切る。サイドテーブルに置かれたグラスを手に取り、ぐいと煽った。グラスの中には質の高い果実酒が注がれている。侯爵家が準備したものだ。伯爵令嬢だったシャルロットではなかなかお目に掛かれないものだろう。
そう、今日くらいは、結婚初夜くらいは、シャルロットを待たせなくともいいのではないか。シャルロットは寝室に入って既に半刻は待っている。果実酒はもう三杯目だ。
大体、あの男は子どもの頃からシャルロットを待たせるのが得意だった。昆虫に夢中なフィリップはシャルロットの約束の時間に遅れたり、会っている間にたまたま見つけた虫に気を取られたりするような人間だった。
「……だから、婚約解消しなくていいのかって何度も聞いたのに」
酔いが回り、シャルロットのぼやきは増えていく。
フィリップとシャルロットは恋愛結婚では無い。
結婚適齢期を過ぎても焦る様子の無い二人を見て、両家の親たちが勝手に婚約を纏めてしまったのだ。婚約が結ばれたことを聞いたシャルロットは慌ててフィリップの元へ走った。とんでもないことになった、どうにかして婚約を解消しなければ、と。だが何度説得してもフィリップは頑なに婚約解消を認めず、あれよあれよという間に今日を迎えてしまった。
婚約解消は認めなかった癖に、初夜には来ないとは残忍な男だ。
それからフィリップがやって来たのは、四杯目の果実酒を飲み干した頃だった。
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