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しおりを挟む子どもの頃、フィリップがヴェストリス伯爵家を訪ねるといつもシャルロットがもてなしてくれていた。ヴェストリス伯爵家には広大な庭があり、優秀な庭師たちによって様々な植物が植えられていたおかげで、フィリップの大好きな昆虫の観察をするにはうってつけの場所だった。だが、それだけが伯爵家への来訪理由では無かった。
「ほら、ここを読んでよ」
「はいはい」
挨拶もそこそこにフィリップが開いた分厚い昆虫生態学の本をシャルロットは少々呆れた顔で覗き込んだ。
「この本によると蟻はあまり目が見えないらしいんだ」
「ふうん」
フィリップはこの頃から自分は周りの子どもと少し違うのだと何となく感じていた。周りの子ども達はフィリップのように何かに熱中して、そのことばかり考えることはしないようだった。
そして、その対象が昆虫であることも普通では無いようだとも感じていた。フィリップが昆虫について語れば、相手は大抵苦笑いでどこかへ行ってしまうのだから。
「それで?」
「うん?」
「この間の茶会で蟻の行列を見ていたじゃない?あの時は障害物を置いても蟻は他の道を見つけたと言っていたでしょう。目が悪いのにどうして他の道を見つけられたのかしら?」
「……っ!それはね!」
ただ一人、シャルロットだけは他の子どもとは違った。シャルロットだって、他の子ども達と同じように昆虫に興味は無いようだった。それでもフィリップの話に耳を傾け、興味を持って聞いてくれた。呆れた眼差しも向けず、落胆されることも無い。シャルロットの態度はずっと変わらなかった。フィリップにとって、彼女の隣がどんなに居心地が良かったことか。
一通り、蟻の行列について語った後、シャルロットはそわそわと落ち着かない様子で口を開いた。
「この間の茶会の時……」
「うん?」
「……他の御令嬢たちとは仲良くなれた?」
「あんな奴ら、話すだけ無駄」
フィリップがきっぱりそう言うと、シャルロットは目を見開き言葉を詰まらせた。あの時はシャルロットが紹介するから仕方なく挨拶はしたが、彼女達とは二度と話したくない。
「彼女達はシャルに失礼な態度を取っていた。そんな人間と仲良くするつもりは無いよ」
「……っ、それは」
シャルロットは更に目を丸くした。フィリップが気付いていないとでも思っていたのだろう。あの令嬢達は陰でこそこそとシャルロットの悪口を言っていた。
シャルロットの真紅の髪、吊り目がちで柘榴色の瞳が怖いと言って笑った。厳しい口調を嘲っていた。
確かにシャルロットの言葉は厳しいことがある。だが、彼女の言葉はいつも正しい。正義感の強いシャルロットは、あの令嬢達が爵位の低い令嬢を虐げている姿を見掛ける度に助けている。それを逆恨みされているようだった。
「僕はシャルと仲良くできればそれで良いよ」
「……何言ってるのよ。社交は貴族に必要なことよ」
シャルロットが咎めるような調子で言った。だがその目には涙が滲んでいる。
シャルロットは生真面目で不器用だ。今回のようなことはよく起きていた。そして毎回、自分で解決しなければと背負い込み、父である伯爵には相談していないようだった。
「シャルは何にも心配しなくていいからね」
フィリップの言葉にシャルロットは首を傾げた。
シャルロットを傷付ける者が現れる度、フィリップは侯爵令息という自分の立場を存分に活用し制裁を下していた。フィリップの両親は、愚息の面倒をよく見てくれるシャルロットを大いに気に入っており、無礼な令嬢達への制裁に協力的だった。
「シャルロットはずっとそのままで良いってこと」
フィリップがそう告げるとシャルロットは顔を顰めた。彼女のその可愛らしい顔を見てフィリップは可笑しそうに笑った。
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