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しおりを挟むフィリップの記憶の中の彼女は、いつも怒っている。だけど、今日ほど怒っている彼女を見たことはなかった。
「遅い」
部屋に入るなり、低い声でそう咎められフィリップは瞬いた。顰めっ面の彼女がぎろりとフィリップを睨んでいる。彼女が怒るのももっともだ。フィリップは初夜という大切な夜にわざと遅れて部屋に入ったのだから。
「……」
「遅い」
本日より妻となった人は一層低い声で繰り返した。
「……」
「何か言いなさいよ」
「……」
「ちょっと……!」
黙ったままのフィリップに業を煮やしたシャルロットは勢いよく立ち上がった。だが、すぐにふらりと蹌踉めく。フィリップは咄嗟に支えたが手を振り払われてしまう。ぷいと視線を逸らしたシャルロットはよたよたとまたベッドに腰掛けた。
「飲み過ぎだ」
サイドテーブルを一瞥したフィリップは淡々とそう言った。果実酒の瓶はもう空になりそうだった。シャルロットは酒に強い方だが頬はほんのり赤く染まっている。
「大して飲んで無いわ」
「酔っ払いは大抵そう言うんだ」
「こんな量で酔う訳ないでしょう」
そう、いつものシャルロットならこの量で酔ったりしない。何よりこんな時に酒を一瓶飲み干したりはしない。シャルロットの醜態の理由をフィリップは考える。その理由に辿り着くと、フィリップは目を見開き口許は僅かに弛んだ。他者には絶対に気付かれないその表情の変化に、幼い頃からの間柄であるシャルロットが気付かない筈が無い。
「何よ、馬鹿にして」
「馬鹿になんてしてない」
「今、間抜け面で笑ったでしょう」
「笑ったかもしれないけど馬鹿にはしてない」
フィリップの真面目腐った顔を見てシャルロットは「もう」「何なのよ」とぶつぶつ呟きながらも怒りを収めていった。そして目の前で立ったままのフィリップを見上げた。彼女の美しい柘榴色の瞳が不安そうに揺れている。
「それで」
「うん?」
「何で遅かったのよ」
「シャルロットが待ってるとは思わなかったから」
言葉を間違えたと思った瞬間にはシャルロットの目は吊り上がり、そばにあったクッションが飛んできた。クッションは見事にフィリップの顔に直撃した。
「いてっ」
「……もう、勝手にすれば」
シャルロットはシーツに潜り込み頭まで被ってしまった。その声は微かに震えていた。
やっぱり彼女を怒らせてばかりだ。今日は、今日くらいは怒らせたくなんて無かったのに。
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