【完結】だから、婚約解消しないのか聞いたのに

たまこ

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「フィリップ、それに奥方、先日の婚姻式ぶりだね」

「教授」

 壮年の男性はフィリップが師事する昆虫生態学の教授だった。シャルロットが婚姻式に出席してくれたお礼を伝えると教授は人好きのする笑顔を見せ、彼女を労った。その後、弟子の背中を叩いた。

「フィリップ、研究仲間に挨拶に行くぞ」

「いえ、結構です」

「お前は……いつも夜会に来ないじゃないか。顔を出した時くらい挨拶回りせんか」

「行きたくありません」

 フィリップは頑なに首を振った。呆れた様子の教授を見てシャルロットは焦りが募った。確かにフィリップは社交嫌いでこういった場には殆ど顔を出さない。だが、彼の研究を円滑にするためにも挨拶回りは必要だろう。妻である自分の仕事は彼の背中を押すことだろう。

「フィリップ、いってらっしゃいな」

「でも……君を一人にしたくない」

「私はそこで待っているわ」

 シャルロットが指差したのは、休憩用のスペースだ。沢山のソファが並んでおり、警備のための騎士も近くに立っている。軽食を運ぶ給仕たちも複数おり、これだけ人目があれば可笑しなことには巻き込まれないだろう。

「奥方、ありがとう。ほら、フィリップ行くぞ」

 フィリップは何度も「気を付けて」とシャルロットに念押しした後で、不満げな顔のまま教授に連れて行かれてしまった。

 シャルロットはソファに腰掛け、小さく息を吐いた。

 辺りを見渡すと周りにはシャルロットのように挨拶回りの夫を待っているであろう夫人達が沢山いるので居心地は悪くない。シャルロットは給仕に声を掛け、果実水と軽食を頼んだ。

 会場は綺麗な装飾で彩られている。シャルロットがぼんやりとそれらを眺めていると、いつの間にか給仕が果実水と軽食をサイドテーブルへと並べていた。

 果実水に口を付け、もう一度息を吐いた。シャルロットも久しぶりの夜会に知らぬうちに緊張していたようだ。全身の筋肉が固まっていることに気付いた。先程は早く帰りたがる夫を咎めてしまったが、彼が戻って来たら早めに帰ろうと提案しようかしら、なんて考えていた時だった。

「あれ、シャルロット嬢?」

 ふいに声を掛けられ、シャルロットが顔を上げるとそこには見覚えのある青年が立っていた。

 彼はシャルロットの両親が娘との見合いを申し込んだ伯爵令息だった。



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