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しおりを挟むクリストファーとマーガレットが、ハミルントン公爵家を出発しようとする頃、公爵夫人は寂しさのあまり大粒の涙を流していた。
「お母様、そんなに泣かないでください。」
「寂しくって。マーガレットとアレクサンドラがいないなんて。」
「お母様にはお父様がいらっしゃるでしょう。」
マーガレットは根気強く慰めているが、母親の悲しみは強くなっていくだけだった。
「うっ・・・だって、無理矢理ここに連れてこられたのよ。仕事も、社交も、何もかも覚えることが多すぎて、それでも頑張ってこられたのは娘二人がいてくれたからなのに。二人ともいなくなるなんて。」
「そんな、お父様もいてくれたじゃない。」
ねぇ、とマーガレットが父親へ振るが、父は苦虫を噛み潰したような顔をしている。仕事にかまけて、後妻へのフォローが足りなかったのを理解してはいるようだ。どんどん不穏な様子になる母を、マーガレットは抑えきれなかった。
「大体、お友だちにも会わせてもらえないし、外出も制限されて、こんな生活嫌なのよ!夜もとってもしつこくて!もううんざり!」
「なっ・・・!」
マーガレットはクリストファーと顔を見合わせて、げんなりしてしまった。母の友人というのはおそらく平民の方なので、面会が難しい部分もあったのだろう。それでも父は上手いことやれなかったのだろうか。それに、父が母を溺愛しているのは知っていたが、いくら成人しているとは言え、親の閨事情は聞きたくなかった。
「あの~お父様、お母様?」
全てを吐き出し、スッキリしている母と、顔色を青くしたり赤くしたりしている父へ、マーガレットが声を掛ける。
「お母様、おそらく妊娠されていますよ。」
「・・・えっ?」
「そ、そうなのか!」
父が喜びの声を上げる。マーガレットは貴族必須のマナーやダンス、言語等は落第生だが、魔力だけはピカイチ。妊娠中の魔力の乱れを見ることが出来る希少な存在だった。
「体調は大丈夫なのか・・・?」
心底心配そうに尋ねる父を見ていると、妻への溺愛ぶりが感じられる。
「最近は忙しくて、自分の体調には気が回らなくて。」
主にアレクサンドラとマーガレットのせいだろう。気が優しい公爵夫人が今日のように声を荒げることも、芯の強い彼女がマーガレットと離れるのが辛いと泣き暮らすことも、いつもならあり得ないことだった。
「だから、お気持ちが落ち着かなかったのだと思いますわ。これからは出産の準備も忙しいでしょうし、生まれてからはもっと忙しくなるでしょう。寂しさなんて無くなりますよ。私もお姉様も会いに来ます。それに、赤ちゃんがある程度大きくなったら辺境へ遊びに来たらいいじゃないですか。」
マーガレットの言葉に冷静さを取り戻した公爵夫人は、クリストファーへ「お騒がせして申し訳ありません。」と頭を下げた。クリストファーは笑顔で、公爵夫人の体調を労り、その後ようやく出発することができた。
◇◇◇
「クリストファー様、本当に申し訳ありません!」
馬車の中で、マーガレットは何度も頭を下げる。
「マーガレット、頼むから顔を上げてくれ。それに、公爵の怒りも、公爵夫人の悲しみも尤もだ。むしろ二人とも優しかったと思う。殴られても文句は言えないと思っていたからね。」
両親の失礼な態度に、マーガレットは申し訳なさでいっぱいになっていたが、クリストファーは気にせず笑ってくれるのを見てほっとした。
「それよりも」
初めてクリストファーに優しく手を握られ、マーガレットの鼓動は高鳴った。二人ともアレクサンドラのことを考え、少しも触れ合うようなことは無かったからだ。・・・当のマーガレットは何も気にしていなかったが。
「二人の話をしたいんだ。」
真剣な眼差しで見つめられると、マーガレットは声が出せず、こくこくと小さく頷くことしかできなかった。
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