海に眠る琥珀を探して

すざくリン

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3日目

世話係と長男

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 結局鐘久はその日よく眠れないまま朝を迎えた。
 普段から使っていない体力を丸ごと削ってしまった上に次の仕事への不安でおちおち気が緩まず、夕に起こされ回復していない体をずるりと持ち上げる。
「少々顔色が良くないかもしれませんね」
 やはり私も一緒に入ってマッサージするべきでした、と申し訳なさそうに眉を下げる夕に鐘久はかぶりを振った。
 昨夜頭を洗い終わった頃にはなんとか身体を動かすことはできていた。
 その時マッサージを提案されたのだが、ただでさえ丸一日人に体を触られて嫌な思いをしていたところだったため強く拒否したのだ。
「俺が拒んだんだから謝らなくても」
「私は鐘久様の健康管理も仕事のうちですので」
「仕事ね……」
 世話係、という仕事は、あまりにもそれ以上に多くの仕事やサービスをこなしている気がする。この船で鐘久が出会ったクルーはまぁまぁいるが、ショーの男たちはショーでしか見かけておらず、殆ど夕は鐘久につきっきりになっている。
 いつ休んでいるんだこいつ。
「そういえば」
 ショーで気になることを言っていたのを今更思い出した鐘久は、朝食の準備をしている夕に声をかけた。
「あの、男の1人が夕によろしくって」
 コト、と皿が鳴る。
「……そうでしたか」
 明らかな溜めがあってから、夕は鐘久を朝食に呼んだ。
 ヨーグルトやパンに手をつけながら鐘久が聞く。
「嫌なら……んむ、無理によろしくしなくてもいいんじゃねぇのか?」
「いえ、嫌というわけではなくて……単純に面倒だなと」
「……それを嫌というんじゃ」
「まぁ、なんとでもなりますから。お気遣いありがとうございます」
 鐘久の心配をよそに夕はにっこりと微笑んだ。

「昨晩は遠慮しましたが、これだけは毎日欠かさず行いますので」
 リラクゼーションルームの真ん中の台に鐘久を寝かせてボディケアを行う夕。昨日のそれと同じはずの手つきが、鐘久にはどうも違うと感じた。
「ハァ……なんか、その……熱くないか?」
「一般でもよく使われる温感性のアロマオイルですよ」
 騙さないと言ったはずだから、これは本当なのだろう。それが一般で使われてるのかどうかの基準は鐘久にはわからなかったが、普段から人に触られ慣れていない為に感じやすいのかもしれない、とは多少思った。
 触れられたところに意識が向いてキュ、と力が入る。
 腕を、背中を、脇腹を……力を入れるときはつい呼吸も一緒に止まってしまう。抑えきれなくなってハァ、と漏れる息がなんだか熱を持っているような気がした。
 腰や太ももを揉まれるときはどうしても手から逃げたくなるような感覚があった。夕は特にそれについては注意せず、鐘久も夕から故意性を感じなかったため、避けてしまう自分がちょっと申し訳なかった。
「お自覚があるようですので先に説明してしまいましょうか」
 夕がそう切り出す。
 このボディケアにはこれから毎日行われるショーに備えて心の負担を軽減させる働きと、ショーでの見栄えもよくする為に行うものだと説明するが、正直鐘久にはどちらもどういうことかよくわからなかった。
「体じゃなくて心の負担なのか?」
「えぇ。体の負担はどうしてもかかりますので、これは夜に行うマッサージで回復力を高めることで軽減していきます。このボディケアでは、ショーの前の緊張や嫌悪を少しずつ取り除くことが目的です。心は短期間でも成長しますから、数日もすれば余裕を持ってショーに臨めるようになると思いますよ」
 太ももから足先へ、足先からまた太ももへと血の流れとともに肉が寄る。
 痛すぎないが自分ではできないほどの力加減が心地よい。
「ん……見栄えってのは?」
「そのままの意味ですよ。ボディケアの効果は数日持続します。またその数日のうちに行えば効果の延長と増幅が期待されますから、ショーを期待するお客様から見てもわかりやすく見た目に反映されます」
「み、見た目が変わるの……?」
「端的に申せば肌艶が良くなります。骨盤や臓器、脂肪の位置も人によっては改善されますから、姿勢も正しくなる他、お通じなんかも解消されれば肌色も良くなります」
「すげぇ……」
 一瞬いやらしい効果が見た目につくのかとビビった鐘久は内省する。
 普段の生活の適当さから健康的な身体でないことは自覚していたが、確かに健康意識の高い人たちが通うサロンというのはそういうのがウリのはずだ。。
「勿論効果は個人差がありますし、私もきちんとした資格を持ってるわけではないのであまり期待しないでくださいね」
 ふふ、といつもの笑みで話をまとめられる。
「でも……ハァ、結構……あんた上手だと思うぞ」
「本当ですか?」
「ぅんっ……あぁ、ちゃんと癒やされてる…?ような気がする」
 全身がポカポカと温められてきちんと喋れているかは微妙だったが、とても心地よかった。
 股間周りを解されるとピクッと腰が揺れる。その小さな刺激すら悪くないと思う。ショーの時のいやらしい手つきとはまた違う感覚である。
 そのまま体を半分起こして前側の揉みほぐしに移る。
 鐘久は台の半分に腰を掛けて、夕に背中を預けた。後ろから抱え込むように夕の両腕が脇下を通って前に来る。
 夕の両手は鐘久の首筋をすぅっと撫でると、首から肩へ、後ろに押さえつけるように力が入る。
 夕の体は鐘久よりも歳は若そうだが背や体格は貧弱な鐘久に対してしっかりしており、鐘久は力に流されるまますっぽりと夕の腕の中に収まってしまった。なんとなく恥ずかしくなってもぞもぞしてみるが、夕は気にするでもなく揉みほぐしを続けている。
 肩がほぐし終わると、その手は胸の輪郭をなぞり始めた。丁寧にゆっくりとその薄い溝に沿って指が滑っていく。
「ん……」
 胸がピクンと反応する。大した大きさも厚みもない胸だったが、昨日散々虐められたおかげか突起物が少し目立つくらいにピンクに腫れている。その腫れた部分には夕は触れてこないが、その周りを何度も指が通るたびにいつか触れるのではないかとビクビクする。
「ハァ……ぁん」
「気持ちよさそうですね、鐘久様」
「ん……体がっ、勝手に動くだけだっ……!」
 確かに見た目はいやらしいんだろうな、とは想像できるが、鐘久としてはこれを気持ちいいと断定することはできなかった。
 俺の知ってる気持ちよさは、もっと落ち着いていてずっとそうしていたいものだ。疲れた時の風呂、高いところで浴びる風、暑さから逃れて浸かるプール。こんな緊張と恐怖に晒されながら震えるのが気持ちいいわけがない。
「勝手に動くなんて、なかなか不便な体をお持ちですね……」
 おちょくってるのか本当にそう思ってるのかはわからない。
 自分の体が感じる熱に精一杯で、夕の顔を覗く余裕などはなく、指から逃れようと体をくねらせる。
 まだ3日目、たった一回ショーの仕事を経験しただけで、こんなに生活しづらい体にされてはたまったものじゃない。
「……しかも胸でいっただなんて……」
「それなんですが」
 夕は辟易している鐘久にさらに衝撃的な話をした。
「本来は初日で胸でのオーガズムは難しいんですよ」
「え゛っ」
「調教の係の人から話があったと思うんですけど、この7日間を無駄のないプランにするために、感度をあげるのに時間のかかる場所は後日予定しているプレイに間に合うように連日時間をかけて育てていくんです」
 ……そんな話聞いたっけか?
 いまだに昨日のショーの内容は断片的にしか思い出せていない。後半に荒い男が似たようなことを言っていたようないなかったようなと振り返りながら固まる鐘久に、夕は続ける。
「胸の調教はその最たるものですから、下を同時にいじってじわじわ覚えさせるんですけど……昨日のショーの最後では下はいじらなかったと聞きましたよ。流石鐘久様ですね!」
「全然うれしくねぇ」
 まるで俺が特にいやらしい体だったみたいな言いぶりしやがって。
 そもそもお前俺の何を知ってて「流石」なんだ、と悪態をつきたかったが、そのからりとした声色には特に煽るつもりで放った言葉ではないようだった。
 なんだか妙に調子が狂う。いっそ調教の男たちのようにただ商品としてしか見ていないようなやつなら威勢よく拒めたのに、夕が褒めたものは純粋な励ましと羨望が滲んでいた。
 こういうのは長男である俺によく効くし、長男はこういうのに飢えている。
 頑張ってしまう。
 むすっとしながら温感オイルの効果以上に火照っている様子の鐘久を夕は自身の手で感じ取っていたが、それについては黙っていた。

 今日は昨日と違って最初からある程度露出の多い格好だ。
 下着は相変わらずあってないようなものでその上から薄いヒラヒラした服をかぶるだけのシンプルかつスースーするものだ。
 ベビードール、という名称は後から知った。丈は短いが可愛らしく装飾が施された黒の衣装に、横にかかる髪の分だけを後ろに向かって編み込まれている。その先をリボン付きのバレッタでとめ、バレッタからは同じく黒のレースでできた薄いヴェールがフラつく鐘久に合わせてゆらゆらと揺れていた。
「おいおい大丈夫か?お客さん心配しちまうぜ?」
 ニヤニヤしながら荒い男が声をかける。
「世話係の健康管理は完璧なはずです。……もしそうでないのなら彼のクビを言い渡さねばなりませんね」
 丁寧な男もふふ、と笑って鐘久に振り返る。
 鐘久が他己犠牲に弱いのを知ってか知らずか、二人は鐘久がこの船で唯一嫌な気持ちせず話せる相手をなじった。
「……心配しなくとも仕事はちゃんとする」
 体に力を込めて熱を沈める。
「健気でいいですねぇ。それでこそお客様の望む商品……。まぁ、疲れ程度なら、寧ろ少し残るくらいが体を慣らすのにはいいかもしれませんね」
「っへ、やるからには気張れよ?いっぱいないときゃ、その分疲れてぐっすりできるぜ」
 誰が泣くか、と鐘久は内心反抗した。

 それが「鳴く」のほうだと気づく機会はなかった。
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