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3日目
帰る場所
昨晩はぼぅっとしながらも自分の部屋までは壁伝いで帰ることができたらしいが、今日はどうにも歩けなかった。ずっと四つん這いで感じいっていたためか立ち上がってみると上半身が重く感じる。
こんなことなら男たちが自分を担いで運ぶのを断らなければよかった、と後悔しながら、誰もいない廊下を四つ足で這って進む。
後ろに挿していたものは既に回収されているが、評価の結果貞操帯はつけたままで帰された。本当は尿道に挿さっているチューブくらいは抜いて欲しかったが、「ここで抜くと処理が面倒」という理由で部屋に着くまでは抜くなと言われてしまった。
今はだいぶ収まってきているが、先ほどまでギチギチと勃起したそうに根本の輪っかを引っ張っていたせいでちぎれそうな痛みと後ろからくる快感に暫く這うことすらままならなかった。
「……うっ…………ぅくっ……」
部屋に続く階段まであと少しまできたが、ついに心的ダメージが限界に来てしまった。
どんなことをされようが自分を保つくらいはできると思っていたのに、今日の自分はとても受け入れ難い姿をしていた。やらされたとはいえ、自分なりに口を動かしてかわいい猫になろうと頑張った自分の姿を端から見たら、どんなに滑稽に写っていたのだろう。
「うぅ……ひっぐ…………」
振り返れば振り返るほど惨めな気持ちになって、鐘久はその場に倒れ込んだ。
泣くなんていつぶりだろう。
* * *
「兄さんごめん、今日友達と夜食べてくるからいらないよ」
カットした野菜と安かったひき肉をフライパンに突っ込んで適当な調味料を入れていた鐘久に、部活から帰ってまた慌ただしく出て行こうとする弟はそう告げた。
……またか。
高校生になった弟は度々友人に誘われて外食するようになっていた。
本人のバイト代のうちでやっているのだから好きにすればいいのだが、高校生の外食というのは「高校生でも手を出せる値段帯」で「片手間に長時間居座って勉強するスペースが確保できる店」のことを言う。長時間胃を休めない「ながら食べ」と偏った食が、親代わりをする鐘久としては心配だった。
「そうか。……ちゃんと野菜も食ってこいよ」
「……わかってるよー」
弟はぶぅー、と鳴りそうな程に口を尖らせた。
最近の口癖になりつつある。
弟としては外で食べるものくらい好きなものを誰にもとやかく言われずに食べたい。それでも兄の心配がわからないわけじゃない。本当にわかってるつもりだからそう口にしてしまう。
何回か弟にこう言われるのを経験して、ようやく兄はこの次に「絶対わかってないだろお前」と付け足すのをやめた。
どうせ野菜は食べないのだとしても、ここから先けんかに発展するのは不毛だ。
「野菜ジュースもいいけど摂りすぎると糖分過多になるぞ」
「はいはい」
「帰りは何時になるんだ?」
「……わかんない。でも閉店まで居座るわけじゃないから大丈夫だよ」
「あまり遅くに出歩くと変なのに絡まれるから気をつけろよ」
「わかってるってぇ……」
兄のことは嫌いじゃない。
育ててもらってる恩もあるし、大学院で研究やってるとか頭良くてかっこいいし誇らしいし感謝もしてるけど、たまに面倒くさい。
兄は兄で忙しく変則気味の生活をしていて、きっと今日の夕飯は自分が帰宅するまでにさっと作って研究室に戻るつもりだったのだろう。帰ってきたらもう夕飯を作り始めてたから、外食切り出すのちょっと申し訳ないなとまで思ってたのに、モヤっとした感情が湧いてつい溜息が出る。
言葉にはしないけど、その分そっと一瞬だけモヤモヤを振り向きざまに睨む目に変えてみたりしながら、弟は支度を整えて再度そそくさと家を出た。
これが反抗期か。兄は察した。
自分も昔親がいる時にそういう感情になったことがある。なってすぐに先立たれてしまったため、親の葬式は正直泣けなかった。
悪い親ではなかったはずだが、表情の固い自分をつまらない言葉であやすようなところが時々さらに表情を固くさせたし、大して家計に余裕もないのにやたら余計なものを買って押し付けてきた。
あんな親にはならない、自分はもっと上手くやれると思って下2人に苦労ないようにしてきたつもりだったが、妹も弟も自分に世話かけまいと勝手にバイトを始めていたし、さらに最近弟から例の感情を向けられて初めてこれは避けようのない時の流れなのだと理解した。
妹の時は寮制の高校で大学生になってからも分かりづらかったが、妹がもっと上手く隠していたのかもしれない。
それでもやっぱり毎日3人分の夕飯は作っておいた。朝と昼はすっかり2人とも学食にお世話になり作っていないため、2人が夕飯を食べない分は自分の数日にわたる朝と昼に変わるだけだ。
貧乏飯が「偏っていない食事」とは必ずしも言えないが、少なくともスーパーで少しでも良さそうな見た目のものを選んで、バランスは考えて買っている。
その苦労が伝わらず寂しくて思わず込み上げることもあったが耐えた。もしかしたらと思って冷蔵庫に置いておくと偶に減っているため、やっぱり食べ盛りの高校生はジャンクフードじゃ足りないらしいと踏んでからは恩着せがましくならない程度に心配しつつ黙って見守ることにしたのだ。
* * *
傷が、開いていく。
本当に泣くなんていつぶりだろう。
「うぅ……っぐ……う、あぁぁ……」
一度決壊すると後は早く、今まで我慢できていたものまで辛くなって押し寄せてきていた。
自分の生存理由にしている下の子たちからの反抗期から少しずつ抱え始めていた小さな擦り傷を、よき親代わりの長男であろうとする意思を、可愛らしくもいやらしい猫の格好で性感を煽られにゃあにゃあ鳴く自分が台無しにしていく。
例えこの先不自由ないほどの大金を手にして帰ることができたところで、前と同じように自信を持って2人の親代わりを誇れる気がしない。
「……っ、……ひぐっ……」
前屈みに倒れ込んだ床はカーペットが敷かれていて素肌で接地しても肌寒くなることはないが、次々落ちてくる涙はぼたぼたとシミを作った。厚い壁に囲まれた狭い廊下なのをいいことに、鼻を啜る音に気を配ることなく、それでも声は押し殺しながら暫くそうして丸まっていた。
「鐘久様!」
声のする方向に少しだけ目線を上げると、いつのまにか夕が慌てた様子でこちらに駆け寄ってきていた。
「大丈夫ですか?!立てますか?!」
「…………っ」
心配そうにこちらを覗く夕に鐘久は声を殺して頷いた。立てる自信はなかったが人に心配をかけることほど自分が嫌なものはない。
何とか泣いていたことがばれないように、顔を覆ってうずくまる格好をしばらく続け、目頭の熱いものが引いてきたころにゴシゴシと腕で目を擦り、壁にもたれながら立ち上がろうとぐっと力を込めた。
「……ぐぁ?!っ」
「鐘久様!!」
力の入れどころが悪く股間の輪っかに意識が寄る。
これ自体が快感にはならないとはいえ、今日の仕事中に射精ができなかったことが耐えてまたズルズルと腰を落としてしまった。夕が支えたおかげで派手に転んだりはしないものの、正直もう歩けないと頭の中で悟った。
「なるべくゆっくりお運びしますから、耐えてくださいね」
鐘久の状態を察した夕は鐘久をそっと持ち上げると、肩まで抱え上げて部屋に運んだ。
鐘久は自分から運んでくださいと言えなかったことを申し訳なく思いながらも、言葉に甘えて運ばれた。
慎重に運んでもらってはいるが、案の定歩を進め重心をずらすたびに揺れるものがあり、その揺れで着実に感度が高まってきている。部屋のバスタブにそっと降ろされる頃には荒く息をしながら辛そうな顔で虚空を見ていた。
「ショーの方針でチューブ以外は外してはならないとお聞きしました」
バスタブ内で衣装を脱がしながら、夕が悲しそうに伝えた。
「一応、衛生のためシャワーの際は外しますから、今から少しだけ失礼しますね」
上の空の鐘久を刺激しないように股を広げさせると、相変わらず小さくなっているモノが見える。チューブで塞がれているとはいえ少し漏れていたらしく、隙間からぬるぬるとした液体が垂れて貞操帯全体を湿らせていた。
夕が指で触れると「ンオォっ」と仰け反らせてびくついている。まずはチューブを抜かなくては。
「ひぎゃぁあぁ!にゃあぁ、い、いだい゛、にゃ」
そっと先端を摘んで引っ張ると、どうやら中で詰まっているのかなにか押されるような力を借りてスルスルと抜ける。
無意識にショーの時の言葉使いになっている鐘久を気にしないようにしながら抜ききると、つぷつぷととめどなく雫が垂れてくる。白かったり半透明だったりするそれは、ショーの時に散々溜め込んだものだろう。
流れてくる感触すら敏感になっているモノには辛く、「ひゃあああぁぁぁぁああぁ」とガクガクしながら感じているようだった。掴めるものを手当たり次第掴もうとする手は、力が入らずにバスタブの同じ場所を引っ掻いている。夕がバスタブに入って向き合うように近づくと、鐘久の腕がぐいっと掻き寄せてキツく抱き締めてきた。自分の体を貸して体勢が落ち着いたことを確認すると、手探りで貞操帯の鍵も外す。途端に解放されたモノから出る液体が勢いを増してとろとろと夕の服を濡らしていった。
「あぅ……す、まな……」
ようやく意識がまともになってきたのか、鐘久から謝罪の声が入った。「こういう仕事ですから」と気にしない素振りを見せる夕に、鐘久はぎゅっと掻き抱く力を強めた。
「……おかえりなさいませ、鐘久様」
ふと、夕がまだ言えていなかった挨拶をつぶやいた。
「無事に帰ってきていただけて嬉しく思います」
……ただの定型文だ。昨日も、同じ言葉を聞いたはずだ。
「……うっ……、うあ゛ぁぁ……」
ようやく仔猫の役から解放された鐘久は、結局世話係の腕の中で泣くことを抑えられなかった。
一通り身体の清掃を終えると、部屋に用意していた道具で剃毛を行うと告げられた。
「ていもう……?」
「はい。貞操帯をつけるとなると、毛を引っ張ってしまうこともありますから、必要な毛以外を全部剃ってしまいます。船を降りる頃にはまた生えてくるのでご心配なさらず」
鐘久の顔が思いっきり歪む。この、「これからやることは正しいこと、やるべきこと」とでもいうような態度でとんでもないことをさらっと言われることに正直まだ慣れていない。
夕は「この船での常識」と表現していたが、はっきり言って洗脳みたいなものだ。数日後の自分はこれを受け入れているのだろうか。
服を着替えて準備を進める夕を、止める気も起きずに見守った。
暫くして「失礼します」と声をかけられ言う通りの姿勢を取ると、クリームの上からショリショリと金属の刃が肌を撫でていくのがわかった。
「アンタさ……人の陰毛触ったり精液ぶっかけられたり、嫌じゃないのか?」
「そういうお仕事ですから」
「それ、それだっての」
お世話される客側が言っても単なる注文にしかなんねーけど、と小声で補足して口を尖らせた。
「どうせこの部屋には二人しかいないんだし、そういう建前とか堅苦しいの、なしにできねーかな」
「堅苦しい、ですか……」
「そう。様付けとかも小っ恥ずかしいからなしにしてーんだけど……できるか?」
剃刀を動かす手は止めず、少し考えるような間が開く。
「……わかりました。ではこの先は鐘久さんでいきます」
ふ、と柔らかくなった声音が浴室に響いた。
「オレも堅苦しいのはあんまり柄じゃないんで」
「ほ、ほんとに?」
「ほんとほんと。営業用の顔っていうのは得意ですけど」
ニコ、ではなくニヤ、が似合うような笑みが夕の顔に浮かぶ。
少し前にもあった悪戯っ気のある笑みだった。自分の中で妙に印象に残っている「血の通った」対応に自然と鐘久もワクワクした。
よろしくを改めて言い合うと、夕は「変な気分だな」と手元に目を向けたまま苦笑した。
足を閉じていても目につくような手前の毛が全て剃り終わると、次は奥の毛に取り掛かった。前ほど大したものはないが、デリケートな場所のため、玉袋の間や根元を指で押し広げて目立つ毛を確認して部分的にクリームを塗る。
「動いちゃダメですよ」
忠告が入るも、意識すると力む感覚とともに穴が締まったり弛んだりするのが感じられてついピク、と体が動いてしまう。
「…………あっ……」
ペニスを上へ持ち上げて裏も確認される。
貞操帯をつけてから、妙に触れるもの全てに過剰反応を起こすわりには勃たない。チューブが相当痛かったのだろうか。
「……気持ち悪」
ぼそりと鐘久はつぶやいて自分の股間を見た。
昨日は大きく反り返っていたモノが、今日は逆方向に小さく丸まっている。
自分の体にこれほど奇怪な動きをする部位がくっついているのが、なんだか不気味に思えた。
「人間のはまだマシですよ」
なんでもないような声で夕が返す。
「キリンのコレ、見たことあります?ヤバいですよ」
「あるわけねーだろ……」
「この船降りたら動画見てみてくださいよ。ビヨンビヨンですよ」
「見たくない見たくない」
鐘久がうげぇと目を瞑るとふふ、と笑う声が聞こえた。
やっていることはショーのための下準備なのだからとても普通とはいえないが、とても穏やかな時間だった。
こんなことなら男たちが自分を担いで運ぶのを断らなければよかった、と後悔しながら、誰もいない廊下を四つ足で這って進む。
後ろに挿していたものは既に回収されているが、評価の結果貞操帯はつけたままで帰された。本当は尿道に挿さっているチューブくらいは抜いて欲しかったが、「ここで抜くと処理が面倒」という理由で部屋に着くまでは抜くなと言われてしまった。
今はだいぶ収まってきているが、先ほどまでギチギチと勃起したそうに根本の輪っかを引っ張っていたせいでちぎれそうな痛みと後ろからくる快感に暫く這うことすらままならなかった。
「……うっ…………ぅくっ……」
部屋に続く階段まであと少しまできたが、ついに心的ダメージが限界に来てしまった。
どんなことをされようが自分を保つくらいはできると思っていたのに、今日の自分はとても受け入れ難い姿をしていた。やらされたとはいえ、自分なりに口を動かしてかわいい猫になろうと頑張った自分の姿を端から見たら、どんなに滑稽に写っていたのだろう。
「うぅ……ひっぐ…………」
振り返れば振り返るほど惨めな気持ちになって、鐘久はその場に倒れ込んだ。
泣くなんていつぶりだろう。
* * *
「兄さんごめん、今日友達と夜食べてくるからいらないよ」
カットした野菜と安かったひき肉をフライパンに突っ込んで適当な調味料を入れていた鐘久に、部活から帰ってまた慌ただしく出て行こうとする弟はそう告げた。
……またか。
高校生になった弟は度々友人に誘われて外食するようになっていた。
本人のバイト代のうちでやっているのだから好きにすればいいのだが、高校生の外食というのは「高校生でも手を出せる値段帯」で「片手間に長時間居座って勉強するスペースが確保できる店」のことを言う。長時間胃を休めない「ながら食べ」と偏った食が、親代わりをする鐘久としては心配だった。
「そうか。……ちゃんと野菜も食ってこいよ」
「……わかってるよー」
弟はぶぅー、と鳴りそうな程に口を尖らせた。
最近の口癖になりつつある。
弟としては外で食べるものくらい好きなものを誰にもとやかく言われずに食べたい。それでも兄の心配がわからないわけじゃない。本当にわかってるつもりだからそう口にしてしまう。
何回か弟にこう言われるのを経験して、ようやく兄はこの次に「絶対わかってないだろお前」と付け足すのをやめた。
どうせ野菜は食べないのだとしても、ここから先けんかに発展するのは不毛だ。
「野菜ジュースもいいけど摂りすぎると糖分過多になるぞ」
「はいはい」
「帰りは何時になるんだ?」
「……わかんない。でも閉店まで居座るわけじゃないから大丈夫だよ」
「あまり遅くに出歩くと変なのに絡まれるから気をつけろよ」
「わかってるってぇ……」
兄のことは嫌いじゃない。
育ててもらってる恩もあるし、大学院で研究やってるとか頭良くてかっこいいし誇らしいし感謝もしてるけど、たまに面倒くさい。
兄は兄で忙しく変則気味の生活をしていて、きっと今日の夕飯は自分が帰宅するまでにさっと作って研究室に戻るつもりだったのだろう。帰ってきたらもう夕飯を作り始めてたから、外食切り出すのちょっと申し訳ないなとまで思ってたのに、モヤっとした感情が湧いてつい溜息が出る。
言葉にはしないけど、その分そっと一瞬だけモヤモヤを振り向きざまに睨む目に変えてみたりしながら、弟は支度を整えて再度そそくさと家を出た。
これが反抗期か。兄は察した。
自分も昔親がいる時にそういう感情になったことがある。なってすぐに先立たれてしまったため、親の葬式は正直泣けなかった。
悪い親ではなかったはずだが、表情の固い自分をつまらない言葉であやすようなところが時々さらに表情を固くさせたし、大して家計に余裕もないのにやたら余計なものを買って押し付けてきた。
あんな親にはならない、自分はもっと上手くやれると思って下2人に苦労ないようにしてきたつもりだったが、妹も弟も自分に世話かけまいと勝手にバイトを始めていたし、さらに最近弟から例の感情を向けられて初めてこれは避けようのない時の流れなのだと理解した。
妹の時は寮制の高校で大学生になってからも分かりづらかったが、妹がもっと上手く隠していたのかもしれない。
それでもやっぱり毎日3人分の夕飯は作っておいた。朝と昼はすっかり2人とも学食にお世話になり作っていないため、2人が夕飯を食べない分は自分の数日にわたる朝と昼に変わるだけだ。
貧乏飯が「偏っていない食事」とは必ずしも言えないが、少なくともスーパーで少しでも良さそうな見た目のものを選んで、バランスは考えて買っている。
その苦労が伝わらず寂しくて思わず込み上げることもあったが耐えた。もしかしたらと思って冷蔵庫に置いておくと偶に減っているため、やっぱり食べ盛りの高校生はジャンクフードじゃ足りないらしいと踏んでからは恩着せがましくならない程度に心配しつつ黙って見守ることにしたのだ。
* * *
傷が、開いていく。
本当に泣くなんていつぶりだろう。
「うぅ……っぐ……う、あぁぁ……」
一度決壊すると後は早く、今まで我慢できていたものまで辛くなって押し寄せてきていた。
自分の生存理由にしている下の子たちからの反抗期から少しずつ抱え始めていた小さな擦り傷を、よき親代わりの長男であろうとする意思を、可愛らしくもいやらしい猫の格好で性感を煽られにゃあにゃあ鳴く自分が台無しにしていく。
例えこの先不自由ないほどの大金を手にして帰ることができたところで、前と同じように自信を持って2人の親代わりを誇れる気がしない。
「……っ、……ひぐっ……」
前屈みに倒れ込んだ床はカーペットが敷かれていて素肌で接地しても肌寒くなることはないが、次々落ちてくる涙はぼたぼたとシミを作った。厚い壁に囲まれた狭い廊下なのをいいことに、鼻を啜る音に気を配ることなく、それでも声は押し殺しながら暫くそうして丸まっていた。
「鐘久様!」
声のする方向に少しだけ目線を上げると、いつのまにか夕が慌てた様子でこちらに駆け寄ってきていた。
「大丈夫ですか?!立てますか?!」
「…………っ」
心配そうにこちらを覗く夕に鐘久は声を殺して頷いた。立てる自信はなかったが人に心配をかけることほど自分が嫌なものはない。
何とか泣いていたことがばれないように、顔を覆ってうずくまる格好をしばらく続け、目頭の熱いものが引いてきたころにゴシゴシと腕で目を擦り、壁にもたれながら立ち上がろうとぐっと力を込めた。
「……ぐぁ?!っ」
「鐘久様!!」
力の入れどころが悪く股間の輪っかに意識が寄る。
これ自体が快感にはならないとはいえ、今日の仕事中に射精ができなかったことが耐えてまたズルズルと腰を落としてしまった。夕が支えたおかげで派手に転んだりはしないものの、正直もう歩けないと頭の中で悟った。
「なるべくゆっくりお運びしますから、耐えてくださいね」
鐘久の状態を察した夕は鐘久をそっと持ち上げると、肩まで抱え上げて部屋に運んだ。
鐘久は自分から運んでくださいと言えなかったことを申し訳なく思いながらも、言葉に甘えて運ばれた。
慎重に運んでもらってはいるが、案の定歩を進め重心をずらすたびに揺れるものがあり、その揺れで着実に感度が高まってきている。部屋のバスタブにそっと降ろされる頃には荒く息をしながら辛そうな顔で虚空を見ていた。
「ショーの方針でチューブ以外は外してはならないとお聞きしました」
バスタブ内で衣装を脱がしながら、夕が悲しそうに伝えた。
「一応、衛生のためシャワーの際は外しますから、今から少しだけ失礼しますね」
上の空の鐘久を刺激しないように股を広げさせると、相変わらず小さくなっているモノが見える。チューブで塞がれているとはいえ少し漏れていたらしく、隙間からぬるぬるとした液体が垂れて貞操帯全体を湿らせていた。
夕が指で触れると「ンオォっ」と仰け反らせてびくついている。まずはチューブを抜かなくては。
「ひぎゃぁあぁ!にゃあぁ、い、いだい゛、にゃ」
そっと先端を摘んで引っ張ると、どうやら中で詰まっているのかなにか押されるような力を借りてスルスルと抜ける。
無意識にショーの時の言葉使いになっている鐘久を気にしないようにしながら抜ききると、つぷつぷととめどなく雫が垂れてくる。白かったり半透明だったりするそれは、ショーの時に散々溜め込んだものだろう。
流れてくる感触すら敏感になっているモノには辛く、「ひゃあああぁぁぁぁああぁ」とガクガクしながら感じているようだった。掴めるものを手当たり次第掴もうとする手は、力が入らずにバスタブの同じ場所を引っ掻いている。夕がバスタブに入って向き合うように近づくと、鐘久の腕がぐいっと掻き寄せてキツく抱き締めてきた。自分の体を貸して体勢が落ち着いたことを確認すると、手探りで貞操帯の鍵も外す。途端に解放されたモノから出る液体が勢いを増してとろとろと夕の服を濡らしていった。
「あぅ……す、まな……」
ようやく意識がまともになってきたのか、鐘久から謝罪の声が入った。「こういう仕事ですから」と気にしない素振りを見せる夕に、鐘久はぎゅっと掻き抱く力を強めた。
「……おかえりなさいませ、鐘久様」
ふと、夕がまだ言えていなかった挨拶をつぶやいた。
「無事に帰ってきていただけて嬉しく思います」
……ただの定型文だ。昨日も、同じ言葉を聞いたはずだ。
「……うっ……、うあ゛ぁぁ……」
ようやく仔猫の役から解放された鐘久は、結局世話係の腕の中で泣くことを抑えられなかった。
一通り身体の清掃を終えると、部屋に用意していた道具で剃毛を行うと告げられた。
「ていもう……?」
「はい。貞操帯をつけるとなると、毛を引っ張ってしまうこともありますから、必要な毛以外を全部剃ってしまいます。船を降りる頃にはまた生えてくるのでご心配なさらず」
鐘久の顔が思いっきり歪む。この、「これからやることは正しいこと、やるべきこと」とでもいうような態度でとんでもないことをさらっと言われることに正直まだ慣れていない。
夕は「この船での常識」と表現していたが、はっきり言って洗脳みたいなものだ。数日後の自分はこれを受け入れているのだろうか。
服を着替えて準備を進める夕を、止める気も起きずに見守った。
暫くして「失礼します」と声をかけられ言う通りの姿勢を取ると、クリームの上からショリショリと金属の刃が肌を撫でていくのがわかった。
「アンタさ……人の陰毛触ったり精液ぶっかけられたり、嫌じゃないのか?」
「そういうお仕事ですから」
「それ、それだっての」
お世話される客側が言っても単なる注文にしかなんねーけど、と小声で補足して口を尖らせた。
「どうせこの部屋には二人しかいないんだし、そういう建前とか堅苦しいの、なしにできねーかな」
「堅苦しい、ですか……」
「そう。様付けとかも小っ恥ずかしいからなしにしてーんだけど……できるか?」
剃刀を動かす手は止めず、少し考えるような間が開く。
「……わかりました。ではこの先は鐘久さんでいきます」
ふ、と柔らかくなった声音が浴室に響いた。
「オレも堅苦しいのはあんまり柄じゃないんで」
「ほ、ほんとに?」
「ほんとほんと。営業用の顔っていうのは得意ですけど」
ニコ、ではなくニヤ、が似合うような笑みが夕の顔に浮かぶ。
少し前にもあった悪戯っ気のある笑みだった。自分の中で妙に印象に残っている「血の通った」対応に自然と鐘久もワクワクした。
よろしくを改めて言い合うと、夕は「変な気分だな」と手元に目を向けたまま苦笑した。
足を閉じていても目につくような手前の毛が全て剃り終わると、次は奥の毛に取り掛かった。前ほど大したものはないが、デリケートな場所のため、玉袋の間や根元を指で押し広げて目立つ毛を確認して部分的にクリームを塗る。
「動いちゃダメですよ」
忠告が入るも、意識すると力む感覚とともに穴が締まったり弛んだりするのが感じられてついピク、と体が動いてしまう。
「…………あっ……」
ペニスを上へ持ち上げて裏も確認される。
貞操帯をつけてから、妙に触れるもの全てに過剰反応を起こすわりには勃たない。チューブが相当痛かったのだろうか。
「……気持ち悪」
ぼそりと鐘久はつぶやいて自分の股間を見た。
昨日は大きく反り返っていたモノが、今日は逆方向に小さく丸まっている。
自分の体にこれほど奇怪な動きをする部位がくっついているのが、なんだか不気味に思えた。
「人間のはまだマシですよ」
なんでもないような声で夕が返す。
「キリンのコレ、見たことあります?ヤバいですよ」
「あるわけねーだろ……」
「この船降りたら動画見てみてくださいよ。ビヨンビヨンですよ」
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鐘久がうげぇと目を瞑るとふふ、と笑う声が聞こえた。
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