幼なじみをやめる正しい方法

ryon*

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【第十六話】彼への執着〜side朔〜

 翔太がマッチングアプリで知り合ったという、『早苗さん』という女性。
 その人はあまりにも遊び慣れていそうで、翔太が泣かされる未来しか想像できなかった。

 だから俺は見せてもらったメッセージのやり取りをしっかりと覚えておいて、家に着くなり同じアプリをインストールした。

 すぐに会員登録を済ませて、さっそく本人と思われる女性を検索する。
 すると、簡単に彼女のアカウントにヒットした。

「ハハッ……、ビンゴ!」
 
 いい感じにマッチングした相手がいれば、誠実な人間なら普通は他の人とのメッセージのやり取りを停止するはずだ。
 なのに彼女は、今でも遊び相手を募集していた。

 それからは、恐ろしいくらいに簡単だった。
 俺のプロフ写真とメッセージに彼女はあっさり食い付き、返信してきたのだ。
 
『年上の女性が好きなんです』
『あなたに可愛がられたいな』

 吐き気がしそうなくらい媚びた、甘ったるい文章。
 でもそれは案の定、うまく彼女の母性本能と支配欲を刺激したらしい。

『はじめまして、さっくん! メッセージ、ありがとう。私も君みたいな可愛い男の子、大好きだよ♡ だから、仲良くなれたら嬉しいな♡』

 『さっくん』というのはもちろん、彼女を釣るために使った俺のアカウント名だ。
 翔太にアプローチを仕掛けてきたということは、きっとこの女は年下の、自分によく懐いてくれる可愛い系の男が好みのタイプなのだろうと判断して付けた。

「ちょろ……。入れ食い状態じゃん、このくそビッチが」 

 俺と同時進行で、翔太とデートの約束を平気で交わす『早苗さん』。
 絶対にこんな女に、翔太はやらない。あいつは、俺の。……俺だけの、ものだから。

 翔太と彼女の、デート当日。俺はすべてが分かった上で、映画が始まりそうなギリギリのタイミングで、カマをかけるために彼女にメッセージを送った。 

『早苗さん、こんにちは。急にバイトが休みになっちゃって、スゲェ暇!』

 すぐに返ってきた、返信。

『そうなの!? 残念、今日は急遽出勤になっちゃって……。ごめんね』

「嘘つけ。……ほんとサイテーだな、こいつ」

 吐き捨てるように呟き、しかしそれとは真逆のメッセージを再度送信した。

「そうなんですね……。俺も、残念です。またメッセージ送ります!」

 だけど、これで確信した。この女の遊び相手は、絶対にひとりやふたりじゃない。

「まぁ、時間の問題かな? ……絶対に落として、こっぴどく捨ててやる」

 でもこのまま俺にはまらせて、じわじわと翔太から距離を取らせればいい。
 クスクスと笑いながら、スマホをテーブルの上に置いた。

***

 その日の、15時を少し過ぎた頃。翔太から、電話がかかってきた。
 だから慌ててスマホを手に取り、通話開始ボタンを押した。

「もしもし。翔太?」

 デートはもう、終わったのだろうか? ずいぶん早い解散時間ではあるものの、それに心が躍った。
 だけどそんな醜い感情はすべていつものようにキレイに包み隠して、なるべく優しく穏やかに聞こえるように気を付けながら彼の名を呼んだ。
 
 するとスマホの向こう側で、翔太が鼻をすするような音が聞こえた。

「どうした? 翔太。……もしかして、泣いてる?」

「……ん。今日はなんか、いろいろとあり過ぎて。……さすがにちょっと、疲れちゃった」

 泣きながら、小さく震える声で彼は呟くように答えた。

 ……失敗した。こんなことなら、もっと早くあの女にトドメを刺しておくべきだった。
 
 訪れた、一瞬の沈黙。それでも無理やり怒りの感情を押し殺して、静かに聞いた。

「……翔太、今どこにいるの?」

「え……?」

 その言葉に驚き、彼が困惑しているのを感じる。
 だけど俺は泣いている翔太のことを、1秒でもそのままにはしておけなかった。
 
 口をついて出たのは、自分でもびっくりするくらい冷たく冷静な声。

「言って。今お前、どこにいるの?」

「……S駅の、改札前」

「分かった。今すぐ向かうから、そこで待ってろ。いいな?」

 いつもの俺なら、翔太に対してこんな言い方は絶対にしない。
 『待ってろ』ではなく、『待ってて』と言う。
 でもこうでも言わないと甘えん坊なくせに不器用なこの男は、大丈夫だと言って俺の迎えを遠慮するに違いない。
 それが分かっていたから、いつもよりも強めの口調で言ったのだ。

「……分かった」

 その言葉に安堵して通話終了のボタンを押すと、ジャケットを手に駆け出した。

*** 

「遅ぇよ」

 悪態をつくその声は、いつもとは異なり弱く力ない。
 やっぱり彼女とこいつを、会わせるべきじゃなかったんだ。……本当に、失敗した。

「……ごめん」

 心からの、謝罪の言葉。なのにそれを聞き、翔太はプッと吹き出した。

「冗談だよ、本気にすんな。……それと俺のために、迎えに来てくれてありがと」

 あの日何があったのか、結局詳細は聞くことが出来ないまま翔太と彼女の関係は終わった。
 本当にこいつに彼女が手を出していたのであれば、徹底的に潰してやろうと思ったが、それは本当にどうやら俺の勘違いだったようだ。
 そう確信出来たから、俺だってもうあの女に用はない。
 だからそれ以上メッセージを送ることなく、アプリそのものをアンインストールしておいた。

 今回の、この騒動。翔太を泣かせてしまったのは失敗だったが、それでも得たものも俺の方が多かったように思う。

 翔太の、ファースト・キス。それを彼の方から、捧げてもらうことが出来たのだから。

 ニヤニヤと、にやける口元。
 だけどこのまま調子に乗って距離を詰めたら、臆病な翔太は俺から逃げようとする可能性が高い。

 それが分かっていたから、15年も待ったのだ。多少焦れったくはあるものの、少しずつ関係性を変えていけばいい。

 そのための第一歩として、今度の翔太の誕生日。偶然を装い、ふたりで過ごすための準備を進めよう。
 事前に購入しておいた、あいつが好きそうなホテルでのスイーツバイキングのチケット。
 でも俺が買ったといえば、色々と気にし過ぎるところのある翔太はきっと、遠慮しようとするだろう。
 だからあえて誰かからもらったということにして、やや強引に進めるのがきっと正解だろう。

「大好きだよ、翔太。……もう絶対に、逃がしてやらないから」

 以前模擬デートの際に撮った写真を見つめながら、うっとりと呟いた。
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