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Act.8 許されなくてもいい、ただ立ち上がる力を
回想 ~幼い日のこと~
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十数年前のハイマー辺境領主邸、とある一室。
そこには、乳母でもある母の筆頭侍女に、抱きかかえられる形で押さえられている幼い金茶髪の子供。
屋敷の女主人である領主夫人に回復魔法を施されている、肩口にばっくりと斬り傷を負った同じくらいの年の黒髪の子供。
抱きかかえられている子供は、あまりのことに引きつけを起こしかけるほどの激しく泣きじゃくっていた。
傷を治されている子供は、応急処置の為に絨毯敷きの床に寝そべりながら、自身の母に抱えられている子供に目を向けた。
『クリス、さま。ぼく、いたく、ないよ』
大好きな友達、乳兄弟、従者。金茶髪の子供にとっては、この黒髪の子供は決して失いたくない、ライナスの毛布だ。
しゅわしゅわ、と血管と神経が繋がり、傷口が塞がっていく様に違和感を覚えながら、黒髪の子供は起き上がった。
『ディランちゃん! だめよ、まだ起きちゃ……!!』
屋敷の女主人の声にも構わず、黒髪の子供は自らの血と破壊の跡が残る床を這いずるように、金茶髪の子供――自らの主の元にすり寄った。
……血に汚れ、大怪我のショックによって震えの止まらない己の状況。黒髪の子供はそれを、まるで他人事のように振る舞う。
己の手を差し伸べようとして、黒くなり始めた血のついた手を見、無造作にズボンでぐしぐしと拭く。
驚愕の表情を浮かべている母には目もくれず、ぽかんとしている己が主の手をぎゅっと握った。
『だいじょーぶ。ね?』
泣きじゃくっている主に笑顔になってほしい。その一心で、黒髪の子供は笑顔を浮かべた。
熱が出て、傷もまだ痛むというのに、子供はそんなそぶり全く見せなかった。
全ては主のため。まだまだ小さい、自分が守るべき主のため。
自らの魔力のせいで怪我をさせたことに気づいてしまった主の、心の平穏のため。
……そう、主のため。主のためなら、どのような怪我を負おうが、例え命を失おうが、全く怖くない。
主を守るのがサヘンドラ家の使命。サヘンドラの総領の息子として生まれた自分の使命。
完璧に仕事をこなせば、きっと両親も兄も、親戚達も、そうではない使用人達も、自分のことを役立たずと思わなくなる日がきっとくるはず。
認めてくれる日が、きっとくるはず。
歩き始めるようになってから、たった数ヶ月の幼児とは思えないことを脳裏に描きながら、黒髪の子供は主に言った。
『わらって?』
駆けつけた大人たちが遠巻きに見ている。その中には当主と自らの父の姿もあった。
これはいい子にするチャンス。黒髪の子供は更に言葉を重ねた。
『わらって。クリスさま』
金茶髪の子供はぽかんとしたままだった。
だが、自分が何をしたのか徐々に飲み込めてきたらしい。またその大きな目から涙が溢れてきた。
『ご、ごめ、んなしゃ……、ごぇんなしゃいぃ~~~!!』
乳母に抱えられまま、金茶髪の子供は火がついたように、また泣き始めた。
今度は黒髪の子供がぽかんとする番だった。
その隙をついて、当主夫人が回復魔法を仕上げる。
『……ふう。ディランちゃん、お怪我は治ったわよ』
その言葉に、黒髪の子供はパッと振り向く。
『ありがとございます、おくさま!』
ぺこり、と頭を下げた子供は、すぐに己が主に向き直る。
『ね、だいじょうぶ』
幼い子供のどこにそんな力があるのか、それとも呆然としている母の腕に力が籠もっていなかったのか。
黒髪の子供は激しく泣きじゃくる金茶髪の子供を自らの元に抱き寄せた。
『ぼくは、ずっといっしょ』
金茶髪の子供がしゃくり上げながら、黒髪の子供を見た。
黒髪の子供は、笑っていた。
『クリスさまと、ずっといっしょ』
そこには、乳母でもある母の筆頭侍女に、抱きかかえられる形で押さえられている幼い金茶髪の子供。
屋敷の女主人である領主夫人に回復魔法を施されている、肩口にばっくりと斬り傷を負った同じくらいの年の黒髪の子供。
抱きかかえられている子供は、あまりのことに引きつけを起こしかけるほどの激しく泣きじゃくっていた。
傷を治されている子供は、応急処置の為に絨毯敷きの床に寝そべりながら、自身の母に抱えられている子供に目を向けた。
『クリス、さま。ぼく、いたく、ないよ』
大好きな友達、乳兄弟、従者。金茶髪の子供にとっては、この黒髪の子供は決して失いたくない、ライナスの毛布だ。
しゅわしゅわ、と血管と神経が繋がり、傷口が塞がっていく様に違和感を覚えながら、黒髪の子供は起き上がった。
『ディランちゃん! だめよ、まだ起きちゃ……!!』
屋敷の女主人の声にも構わず、黒髪の子供は自らの血と破壊の跡が残る床を這いずるように、金茶髪の子供――自らの主の元にすり寄った。
……血に汚れ、大怪我のショックによって震えの止まらない己の状況。黒髪の子供はそれを、まるで他人事のように振る舞う。
己の手を差し伸べようとして、黒くなり始めた血のついた手を見、無造作にズボンでぐしぐしと拭く。
驚愕の表情を浮かべている母には目もくれず、ぽかんとしている己が主の手をぎゅっと握った。
『だいじょーぶ。ね?』
泣きじゃくっている主に笑顔になってほしい。その一心で、黒髪の子供は笑顔を浮かべた。
熱が出て、傷もまだ痛むというのに、子供はそんなそぶり全く見せなかった。
全ては主のため。まだまだ小さい、自分が守るべき主のため。
自らの魔力のせいで怪我をさせたことに気づいてしまった主の、心の平穏のため。
……そう、主のため。主のためなら、どのような怪我を負おうが、例え命を失おうが、全く怖くない。
主を守るのがサヘンドラ家の使命。サヘンドラの総領の息子として生まれた自分の使命。
完璧に仕事をこなせば、きっと両親も兄も、親戚達も、そうではない使用人達も、自分のことを役立たずと思わなくなる日がきっとくるはず。
認めてくれる日が、きっとくるはず。
歩き始めるようになってから、たった数ヶ月の幼児とは思えないことを脳裏に描きながら、黒髪の子供は主に言った。
『わらって?』
駆けつけた大人たちが遠巻きに見ている。その中には当主と自らの父の姿もあった。
これはいい子にするチャンス。黒髪の子供は更に言葉を重ねた。
『わらって。クリスさま』
金茶髪の子供はぽかんとしたままだった。
だが、自分が何をしたのか徐々に飲み込めてきたらしい。またその大きな目から涙が溢れてきた。
『ご、ごめ、んなしゃ……、ごぇんなしゃいぃ~~~!!』
乳母に抱えられまま、金茶髪の子供は火がついたように、また泣き始めた。
今度は黒髪の子供がぽかんとする番だった。
その隙をついて、当主夫人が回復魔法を仕上げる。
『……ふう。ディランちゃん、お怪我は治ったわよ』
その言葉に、黒髪の子供はパッと振り向く。
『ありがとございます、おくさま!』
ぺこり、と頭を下げた子供は、すぐに己が主に向き直る。
『ね、だいじょうぶ』
幼い子供のどこにそんな力があるのか、それとも呆然としている母の腕に力が籠もっていなかったのか。
黒髪の子供は激しく泣きじゃくる金茶髪の子供を自らの元に抱き寄せた。
『ぼくは、ずっといっしょ』
金茶髪の子供がしゃくり上げながら、黒髪の子供を見た。
黒髪の子供は、笑っていた。
『クリスさまと、ずっといっしょ』
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