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menu.2 後悔味の焼き鮭(5)※
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修一が帰ってから何時間たったのか。外から漏れ聞こえてくる都会の喧騒が、曖昧に時間帯を知らせてくるだけだ。
普段は寝るだけのベッドだが、男がこうして訪ねてくるときはまぐわいの現場になる。
修一が、男の手練手管をただ黙って受け入れるだけの人形になる場所だ。
ベッドの周りには二人分の服が散乱し、ローションのボトルは蓋が半開きのまま床に放置されたままだ。
そんな状況で修一は、全裸のままベッドに腰かけて煙草を吸う男に背を向けた状態で横臥している。
全身、鬱血痕と嚙み痕、男の精液と自身の体液で目も当てられない姿になっているが、修一に後始末をする体力は残っていないし、男はそもそもその気がない。
ふうー……、と男は数回目の煙を吐き出したあと、視線を修一に向ける。伸びっぱなしの髪に隠れた顔を見るかの如く、想像もできないような優しい手つきでそれを払う。
「……ずっと黙り決め込みやがって」
修一は何も答えない。答えたところで、自分の望む結果になったことも、相手がこちらを気遣ったことも何もなかったのだから。
男は、数年たってもいまだに頑なな態度を崩さない修一にため息をつく。
「……まあいい。お前は俺から逃げられねえんだからな。ああそうだ、」
ふと、途轍もなくどうでもいいことを思い出したかのような気軽さで、男は言った。
「あの野郎の店に出入りする連中は客もみんな身辺調査してるぜ」
あの野郎。男が修一との共通話題でそう呼ぶ相手は一人しかいない。
紫苑のことだ。
今さら何を言いたいのか、と修一は億劫ながらも渋々視線を向ける。
すると、男はニヤリと笑った。煙を修一に吹きかける。
「忘れてなかったらしいなぁ。俺のオンナを視界に入れる可能性のある奴ぁ、誰だろうが素性を把握しとかないとなぁ。例えば~……」
ヤクザは、煙草をいったんローテーブルの上の灰皿に置く。次いで、自身の服からスマートフォンを取り出して操作を始めた。
そして、修一に画面を見せる。映っていたのは、最大手動画プラットフォーム。チャンネル名は『奏汰のcookin'ちゃんねる』。その概要画面を男は修一に見せているのだ。
思わず、修一は言葉を失った。
「っ?!」
「最近テメェがしょっちゅう見てるこの野郎とかなぁ?」
ニィィ、と男が口角を吊り上げる。
修一は、自身の表情が驚愕の色に染まるのを抑えられなかった。
「な、ぜ……」
いくらなんでも早すぎる。今までは、一番早くても特定に二、三日はかかっていなかったか。
そう彼が思っていると、男はスマートフォンをテーブルに置きながら答え始める。
「何故だぁ?」
クク、と笑いながら、男は修一に顔を寄せる。
「手前ェのイロのやること把握しとくのは当然じゃねえか。なぁ?」
よくよく考えれば、修一は警察を辞めてから男に囲われた際に、それまでの通信機器はすべてスクラップにされたのだった。
今使っているスマートフォンは、男が使うようにと渡してきたものだった。
事務所のパソコンも同様。というよりも、この部屋とその中にある物全て、修一一人を捕えておくためだけに男が手配した、コンクリートジャングルの中の鳥籠なのだ。
GBSだけでなく、何かのバックドアが仕掛けられていたとしても全くおかしくない。
今まで気づかなかった――あるいは無意識が考えないようにしていた――考えに至り、修一は自分がこんなにも思考停止していたのかを悟った。
すうぅ……、と表情が消えていく修一。
その様を男は見て、彼の生気すらも無くなっていくような、そんな感じを覚えた。
短く息を吐き頭を振る。灰皿のたばこをもみ消し、あえていつもと変わらない風に告げる。
「てめぇは今は一応自由にさせてるがなぁ、立場を忘れてねえとは言わせねえぞ。てめぇは俺のオンナだ」
糸の切れた人形のように、力なくベッドに横たわっている修一の顔を己の方に向けさせる。
メンズスキンケア用品は男の手の者たちがシャワー室に補充し続けてはいるが、使われた形跡はない。そんな肌だ、年齢相応のどこかざらついた手触りをしている。
それでも、胼胝の出来た手で愛おしいものを撫でる手つきで触れてくる男。見る者が見れば、彼の表情は好いた相手に自分に繋ぎとめることを思案するそれだと分かるだろう。
だが修一はそれが分からない。男がしてきた数々の行動の記憶が、乱雑な扱いの中にある不器用な好意を全く受け取れなくしていた。
温度のない視線を向ける。無機質に呟いた。
「……都合のいい性欲処理道具の間違いだろう」
それは、修一が普段から思っていることだった。相容れない職業だった自分を、薬とセックストイで無理やり犯し、壊しつくした目の前の男。
時折、全く理解できない行動をとる。心底、気味が悪いし気持ち悪い。一時期は男のことを魔物か悪魔の類かと本気で妄想していたほどだった。
しかし今発したこの発言は、男の気に障ったらしい。
目の色を変えて、ベッドサイドチェストの抽斗を乱暴に開け、予備のローションボトルをわし掴む。
右手で無抵抗の修一の脚を割り開き、左手で蓋をこじ開け中身を菊門にぶちまけ始めた。
まだ先ほどまでの行為の名残りが乾ききってはいないところに、更に追加の潤滑剤が降ってきた形だろう。
ボトルの中身を半分ほど開けたところで適当に放り投げ、両手で膝が身体につくほど折り曲げ局部をあらわにする。
そして、いきり立った己自身をまだ緩んでいるそこに突っ込んだ。
「ぅ、ぐ……っ」
急に来た衝撃に修一は呻く。だがすぐに飼いならされきった躰は、楽になりたくて快楽を探そうと反応する。
何時間かは分からないが、それなりに長い時間ずっと男根を銜え込まされていた下の口は素直だった。慣れた男根に絡みつき、締め上げ、媚を売って、前立腺を可愛がってもらおうと画策する。
性の快楽には鋭敏になるように、男がその手の調教師を雇ってまで開発した躰は淫らでいやらしい。
嬌声も抑えきれず、艶のある声が喉からまろび出る。
だが、躰の熱と反比例するように、心は凍り付いていく。悪趣味なポルノ映画でも強制的に見させられているような感覚だった。
「テメェはっ! てめぇは、俺の、モンだ!」
怒りをぶつけるかのように、男が修一の上で腰を振る。その抽挿の動きで、ベッドも悲鳴を上げていた。
「テメェを見つけた、あの日からなぁ……っ!!」
孕ませようとでもするかのように、容赦なく胎内に射精する男。
それを感じながらも、修一は叩きつけられた言葉でまた心を刺された気がした。
――憧れの職業だった警察官になれた日は、厳格な父ですら涙を浮かべてこれまでの努力を労ってくれた。
――初めて配属された交番は、夜にいざこざが多かったがやりがいを感じていた。
――あの頃は、精力的に働いていた。
もう戻れないあの日々。それらを奪ったのは、今目の前で自分を組み敷いているこのヤクザだ。
抵抗してもレイプされ、逃げても連れ戻され、自殺しようとしてもあらゆる手で阻止され。
修一が修一の心を守ろうとしてやった行動は、ことごとく封殺されてきた。そして心のバランスを崩した末に、こんな場所で無為に過ごすだけの生き物になり果てた自分。
このまま一生、このヤクザ者に飼われるだけの日々が続くのだろう。
(……いつ、しねるんだろう、おれは……)
何故か、キスの時はいつも優しい触れ方をするこの男。先ほどまでの荒々しさはどこに行ったのか。
この時だけは、いつも勘違いしてしまいそうになる。まさか本当に、こいつは俺のことが好きなのか、と。
ちゅ、と心地いいくらいの強さで舌を吸われる感覚で、あり得ないと我に返る。
男のペニスがいまだ萎えていないことが、修一には心底気色悪かった。
普段は寝るだけのベッドだが、男がこうして訪ねてくるときはまぐわいの現場になる。
修一が、男の手練手管をただ黙って受け入れるだけの人形になる場所だ。
ベッドの周りには二人分の服が散乱し、ローションのボトルは蓋が半開きのまま床に放置されたままだ。
そんな状況で修一は、全裸のままベッドに腰かけて煙草を吸う男に背を向けた状態で横臥している。
全身、鬱血痕と嚙み痕、男の精液と自身の体液で目も当てられない姿になっているが、修一に後始末をする体力は残っていないし、男はそもそもその気がない。
ふうー……、と男は数回目の煙を吐き出したあと、視線を修一に向ける。伸びっぱなしの髪に隠れた顔を見るかの如く、想像もできないような優しい手つきでそれを払う。
「……ずっと黙り決め込みやがって」
修一は何も答えない。答えたところで、自分の望む結果になったことも、相手がこちらを気遣ったことも何もなかったのだから。
男は、数年たってもいまだに頑なな態度を崩さない修一にため息をつく。
「……まあいい。お前は俺から逃げられねえんだからな。ああそうだ、」
ふと、途轍もなくどうでもいいことを思い出したかのような気軽さで、男は言った。
「あの野郎の店に出入りする連中は客もみんな身辺調査してるぜ」
あの野郎。男が修一との共通話題でそう呼ぶ相手は一人しかいない。
紫苑のことだ。
今さら何を言いたいのか、と修一は億劫ながらも渋々視線を向ける。
すると、男はニヤリと笑った。煙を修一に吹きかける。
「忘れてなかったらしいなぁ。俺のオンナを視界に入れる可能性のある奴ぁ、誰だろうが素性を把握しとかないとなぁ。例えば~……」
ヤクザは、煙草をいったんローテーブルの上の灰皿に置く。次いで、自身の服からスマートフォンを取り出して操作を始めた。
そして、修一に画面を見せる。映っていたのは、最大手動画プラットフォーム。チャンネル名は『奏汰のcookin'ちゃんねる』。その概要画面を男は修一に見せているのだ。
思わず、修一は言葉を失った。
「っ?!」
「最近テメェがしょっちゅう見てるこの野郎とかなぁ?」
ニィィ、と男が口角を吊り上げる。
修一は、自身の表情が驚愕の色に染まるのを抑えられなかった。
「な、ぜ……」
いくらなんでも早すぎる。今までは、一番早くても特定に二、三日はかかっていなかったか。
そう彼が思っていると、男はスマートフォンをテーブルに置きながら答え始める。
「何故だぁ?」
クク、と笑いながら、男は修一に顔を寄せる。
「手前ェのイロのやること把握しとくのは当然じゃねえか。なぁ?」
よくよく考えれば、修一は警察を辞めてから男に囲われた際に、それまでの通信機器はすべてスクラップにされたのだった。
今使っているスマートフォンは、男が使うようにと渡してきたものだった。
事務所のパソコンも同様。というよりも、この部屋とその中にある物全て、修一一人を捕えておくためだけに男が手配した、コンクリートジャングルの中の鳥籠なのだ。
GBSだけでなく、何かのバックドアが仕掛けられていたとしても全くおかしくない。
今まで気づかなかった――あるいは無意識が考えないようにしていた――考えに至り、修一は自分がこんなにも思考停止していたのかを悟った。
すうぅ……、と表情が消えていく修一。
その様を男は見て、彼の生気すらも無くなっていくような、そんな感じを覚えた。
短く息を吐き頭を振る。灰皿のたばこをもみ消し、あえていつもと変わらない風に告げる。
「てめぇは今は一応自由にさせてるがなぁ、立場を忘れてねえとは言わせねえぞ。てめぇは俺のオンナだ」
糸の切れた人形のように、力なくベッドに横たわっている修一の顔を己の方に向けさせる。
メンズスキンケア用品は男の手の者たちがシャワー室に補充し続けてはいるが、使われた形跡はない。そんな肌だ、年齢相応のどこかざらついた手触りをしている。
それでも、胼胝の出来た手で愛おしいものを撫でる手つきで触れてくる男。見る者が見れば、彼の表情は好いた相手に自分に繋ぎとめることを思案するそれだと分かるだろう。
だが修一はそれが分からない。男がしてきた数々の行動の記憶が、乱雑な扱いの中にある不器用な好意を全く受け取れなくしていた。
温度のない視線を向ける。無機質に呟いた。
「……都合のいい性欲処理道具の間違いだろう」
それは、修一が普段から思っていることだった。相容れない職業だった自分を、薬とセックストイで無理やり犯し、壊しつくした目の前の男。
時折、全く理解できない行動をとる。心底、気味が悪いし気持ち悪い。一時期は男のことを魔物か悪魔の類かと本気で妄想していたほどだった。
しかし今発したこの発言は、男の気に障ったらしい。
目の色を変えて、ベッドサイドチェストの抽斗を乱暴に開け、予備のローションボトルをわし掴む。
右手で無抵抗の修一の脚を割り開き、左手で蓋をこじ開け中身を菊門にぶちまけ始めた。
まだ先ほどまでの行為の名残りが乾ききってはいないところに、更に追加の潤滑剤が降ってきた形だろう。
ボトルの中身を半分ほど開けたところで適当に放り投げ、両手で膝が身体につくほど折り曲げ局部をあらわにする。
そして、いきり立った己自身をまだ緩んでいるそこに突っ込んだ。
「ぅ、ぐ……っ」
急に来た衝撃に修一は呻く。だがすぐに飼いならされきった躰は、楽になりたくて快楽を探そうと反応する。
何時間かは分からないが、それなりに長い時間ずっと男根を銜え込まされていた下の口は素直だった。慣れた男根に絡みつき、締め上げ、媚を売って、前立腺を可愛がってもらおうと画策する。
性の快楽には鋭敏になるように、男がその手の調教師を雇ってまで開発した躰は淫らでいやらしい。
嬌声も抑えきれず、艶のある声が喉からまろび出る。
だが、躰の熱と反比例するように、心は凍り付いていく。悪趣味なポルノ映画でも強制的に見させられているような感覚だった。
「テメェはっ! てめぇは、俺の、モンだ!」
怒りをぶつけるかのように、男が修一の上で腰を振る。その抽挿の動きで、ベッドも悲鳴を上げていた。
「テメェを見つけた、あの日からなぁ……っ!!」
孕ませようとでもするかのように、容赦なく胎内に射精する男。
それを感じながらも、修一は叩きつけられた言葉でまた心を刺された気がした。
――憧れの職業だった警察官になれた日は、厳格な父ですら涙を浮かべてこれまでの努力を労ってくれた。
――初めて配属された交番は、夜にいざこざが多かったがやりがいを感じていた。
――あの頃は、精力的に働いていた。
もう戻れないあの日々。それらを奪ったのは、今目の前で自分を組み敷いているこのヤクザだ。
抵抗してもレイプされ、逃げても連れ戻され、自殺しようとしてもあらゆる手で阻止され。
修一が修一の心を守ろうとしてやった行動は、ことごとく封殺されてきた。そして心のバランスを崩した末に、こんな場所で無為に過ごすだけの生き物になり果てた自分。
このまま一生、このヤクザ者に飼われるだけの日々が続くのだろう。
(……いつ、しねるんだろう、おれは……)
何故か、キスの時はいつも優しい触れ方をするこの男。先ほどまでの荒々しさはどこに行ったのか。
この時だけは、いつも勘違いしてしまいそうになる。まさか本当に、こいつは俺のことが好きなのか、と。
ちゅ、と心地いいくらいの強さで舌を吸われる感覚で、あり得ないと我に返る。
男のペニスがいまだ萎えていないことが、修一には心底気色悪かった。
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