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第一部 王立宮廷大学を目指そう!
35. 敗北からの学び
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「……知らない、天井だ」
──そこは、真っ白な天井だった。
ぼんやりとした視界の中に、見覚えのある天井の彫刻が浮かび上がる。
豪奢な天蓋の模様、揺れるレースのカーテン、かすかに聞こえる風鈴のような鳥の声。
「……ここは?」
キリロスは、小さな声で呟いた。
身体を起こそうとしたが、手足に力が入らない。
指先にかすかな痺れが残り、動かすたびに鈍い痛みが全身を走った。
「……起きたんだね、キリロス」
カテリーナだった。
その声は、静かで優しかった。
彼女の姿を見た瞬間、キリロスの全身がこわばる。
「……近づくなっ!」
力の入らない喉から絞り出した、情けないほど弱い声。
その声に、キリロス自身が驚いていた。
身体は勝手に震え、呼吸は浅くなり、視界が滲んでいく。
「僕は……何を……」
断片的な記憶が、頭をかすめる。
何かに取り憑かれたように暴れ、剣を振り回し、カテリーナに向かって――
──僕は……殺そうとまで、したのか?
「……うん、大丈夫。私はわかってる。あなたの意志じゃなかったのでしょう?」
その言葉に、キリロスは目を見開いた。
込み上げてくる悔しさが、胸を突き上げる。
二度の敗北の末、自分の意思ではなかったとはいえ、ルールを無視した強化魔法まで使って……それでも、それでも勝てなかった。
「……何しに来たんだよ! また弱いって、わざわざ言いに来たのかよ……!」
キリロスの目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
「キリロスは、弱くなんかないよ。ただ、少しだけ……自分の知らなかったことを知っただけなんだよ」
「でも姉上は、『弱すぎる』って言ったじゃないか!」
キリロスは叫んだ。
「あれは……」
「あれは、私がカテリーナに、事前にそう言ってくれるよう頼んだからだ」
キリロスの視線の先と反対側から、アレクシオスが語りかけた。
キリロスは驚いたまま、顔を向ける。
「……兄上っ!」
「……お前は、同年代の子たちに『弱すぎる』という言葉をよく使っていたな」
「…………」
「……その言葉を投げつけられた子たちの気持ちを、考えたことはあったか?」
「うっ……」
キリロスは答えられなかった。
その代わりに、頬を伝う涙がすべてを語っていた。
「キリロス。騎士とは、人を見下す者ではない。
人を守る者だ。そして人を守るには、他者への思いやりと敬意が不可欠なんだ」
「…………」
「人を見下し、過信すれば、常に“下”だけを見てしまう。
自分の欠けている部分にも気づけず、成長も止まってしまう。
自分より優れた者から学ぼうとする姿勢――それこそが、真の強さだ」
それは説教ではなかった。
弟に気づいてほしい、変わってほしいという、兄からの愛情そのものだった。
カテリーナはゆっくりと近づき、キリロスの枕元に腰を下ろす。
キリロスはおびえるように、わずかに顔をそむけた。
「……僕は負けた。三度も、姉上に。完璧に、何もできずに……」
カテリーナはそっと、キリロスの肩に手を置いた。
「……僕は、強いと思ってた。皆が褒めてくれたし、同年代には負けたことがなかった。なのに……」
「ねえ、キリロス。強さって、勝ち負けだけじゃないと思うの」
「……姉上は、勝ったからそんなこと言えるんだ」
「……本当に強い人って、たとえ負けても、そこから学ぼうとする人なんだと思う。だからこれは、きっとあなたにとって、大切な始まりなんだよ」
カテリーナの声は、とても優しかった。
キリロスがどれほど暴言を吐こうとも、カテリーナはこれまで何の恨みも抱いていなかった。
むしろ、義母カリスタの影響を受けた、犠牲者のように思えてならなかった。
キリロスの喉が詰まり、胸の奥から何かが溢れそうになる。
「……うわーん!」
泣きじゃくる姿は、どれほど身体が大きくても、やはり十一歳の少年のものだった。
カテリーナは何も言わず、そっと彼の手に自分の手を重ねる。
その手はあたたかく、小さく震えるキリロスの手を、やさしく包み込んだ。
やがてキリロスは泣き疲れ、そのまま兄のベッドで眠りに落ちた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夕日が沈もうとする頃、キリロスは再び目を覚ました。
窓の外に広がる濃いオレンジの光を見つめながら、静かに思いに耽っていた。
――僕は、何も知らなかったんだ。
剣のことも、自分のことも、カテリーナのことも。
これまで僕は、ただ母上やゼノビア姉さまの言うことを、そのまま真似ていただけだった。
何も、自分の頭で考えていなかった。
でも今日、初めて大切なことを学んだ気がする。
――これからは、本当の意味で、強くなろう。
そう心に誓ったキリロスの表情は、ほんの少しだけ、大人の顔になっていた。
──そこは、真っ白な天井だった。
ぼんやりとした視界の中に、見覚えのある天井の彫刻が浮かび上がる。
豪奢な天蓋の模様、揺れるレースのカーテン、かすかに聞こえる風鈴のような鳥の声。
「……ここは?」
キリロスは、小さな声で呟いた。
身体を起こそうとしたが、手足に力が入らない。
指先にかすかな痺れが残り、動かすたびに鈍い痛みが全身を走った。
「……起きたんだね、キリロス」
カテリーナだった。
その声は、静かで優しかった。
彼女の姿を見た瞬間、キリロスの全身がこわばる。
「……近づくなっ!」
力の入らない喉から絞り出した、情けないほど弱い声。
その声に、キリロス自身が驚いていた。
身体は勝手に震え、呼吸は浅くなり、視界が滲んでいく。
「僕は……何を……」
断片的な記憶が、頭をかすめる。
何かに取り憑かれたように暴れ、剣を振り回し、カテリーナに向かって――
──僕は……殺そうとまで、したのか?
「……うん、大丈夫。私はわかってる。あなたの意志じゃなかったのでしょう?」
その言葉に、キリロスは目を見開いた。
込み上げてくる悔しさが、胸を突き上げる。
二度の敗北の末、自分の意思ではなかったとはいえ、ルールを無視した強化魔法まで使って……それでも、それでも勝てなかった。
「……何しに来たんだよ! また弱いって、わざわざ言いに来たのかよ……!」
キリロスの目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
「キリロスは、弱くなんかないよ。ただ、少しだけ……自分の知らなかったことを知っただけなんだよ」
「でも姉上は、『弱すぎる』って言ったじゃないか!」
キリロスは叫んだ。
「あれは……」
「あれは、私がカテリーナに、事前にそう言ってくれるよう頼んだからだ」
キリロスの視線の先と反対側から、アレクシオスが語りかけた。
キリロスは驚いたまま、顔を向ける。
「……兄上っ!」
「……お前は、同年代の子たちに『弱すぎる』という言葉をよく使っていたな」
「…………」
「……その言葉を投げつけられた子たちの気持ちを、考えたことはあったか?」
「うっ……」
キリロスは答えられなかった。
その代わりに、頬を伝う涙がすべてを語っていた。
「キリロス。騎士とは、人を見下す者ではない。
人を守る者だ。そして人を守るには、他者への思いやりと敬意が不可欠なんだ」
「…………」
「人を見下し、過信すれば、常に“下”だけを見てしまう。
自分の欠けている部分にも気づけず、成長も止まってしまう。
自分より優れた者から学ぼうとする姿勢――それこそが、真の強さだ」
それは説教ではなかった。
弟に気づいてほしい、変わってほしいという、兄からの愛情そのものだった。
カテリーナはゆっくりと近づき、キリロスの枕元に腰を下ろす。
キリロスはおびえるように、わずかに顔をそむけた。
「……僕は負けた。三度も、姉上に。完璧に、何もできずに……」
カテリーナはそっと、キリロスの肩に手を置いた。
「……僕は、強いと思ってた。皆が褒めてくれたし、同年代には負けたことがなかった。なのに……」
「ねえ、キリロス。強さって、勝ち負けだけじゃないと思うの」
「……姉上は、勝ったからそんなこと言えるんだ」
「……本当に強い人って、たとえ負けても、そこから学ぼうとする人なんだと思う。だからこれは、きっとあなたにとって、大切な始まりなんだよ」
カテリーナの声は、とても優しかった。
キリロスがどれほど暴言を吐こうとも、カテリーナはこれまで何の恨みも抱いていなかった。
むしろ、義母カリスタの影響を受けた、犠牲者のように思えてならなかった。
キリロスの喉が詰まり、胸の奥から何かが溢れそうになる。
「……うわーん!」
泣きじゃくる姿は、どれほど身体が大きくても、やはり十一歳の少年のものだった。
カテリーナは何も言わず、そっと彼の手に自分の手を重ねる。
その手はあたたかく、小さく震えるキリロスの手を、やさしく包み込んだ。
やがてキリロスは泣き疲れ、そのまま兄のベッドで眠りに落ちた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夕日が沈もうとする頃、キリロスは再び目を覚ました。
窓の外に広がる濃いオレンジの光を見つめながら、静かに思いに耽っていた。
――僕は、何も知らなかったんだ。
剣のことも、自分のことも、カテリーナのことも。
これまで僕は、ただ母上やゼノビア姉さまの言うことを、そのまま真似ていただけだった。
何も、自分の頭で考えていなかった。
でも今日、初めて大切なことを学んだ気がする。
――これからは、本当の意味で、強くなろう。
そう心に誓ったキリロスの表情は、ほんの少しだけ、大人の顔になっていた。
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