私の恋は前世から!

黒鉦サクヤ

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第二章

005

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 ヴィルヘルム様は私の予想通り、三人で迎えに来てくれた。
 一緒にやってきた方々は、マルクスさんとヨニさんというお名前だった。マルクスさんはお調子者っぽい明るい性格で、栗色の髪の毛を後ろで一つに結んでいる。深い紺色の髪をオールバックにしたヨニさんはマルクスさんより体格が良いけれど、温和な雰囲気が漂っていた。
 どうやらレラを乗せていくのはマルクスさんのようで、熱心にレラに話かけている。あれは口説いているのかしら。でも、レラは見た目は清楚だけれどしっかりとものを言う性格なので、マルクスさんを軽くあしらっていた。
 そして、その辺でもう止めておけ、とヨニさんはマルクスさんを引き離そうと頑張っていて、これはいつも振り回されているんだろうなあと予想が付く。この人は苦労性気質なんだな、と少し同情してしまった。
 荷物はヨニさんの竜が運んでくれるそうなので、レラに積み荷確認はお願いしてヴィルヘルム様と共にお父様の元へと向かう。一応数日家を空けるので、挨拶をしておかなければ。お父様はヴィルヘルム様のことを気に入っているので、笑顔で送り出してくれることだろう。

「お父様、失礼します」
「ああ、着いたか」

 書類に目を通していたお父様は、立ち上がると私の元へとやってきて簡単な挨拶をする。

「忘れ物はないか?」
「ええ、おそらく。数日間、ヴィルヘルム様の元で勉強してまいります」
「気をつけていってくるんだぞ。辺境伯、うちの娘をよろしく頼む」
「もちろん、傷一つつけることなく大切にします」

 恥ずかしい。こんなやり取りを毎回行なわれては、私の心臓が持たない。二人とも真剣な表情で言っているため口を挟むこともできず、私は頬を染めながら俯く。気を逸らすべく、ヴィルヘルム様の今日のブーツは上質ななめし革で作られたものだと眺める。細部まで丁寧に作られていて、刺繍も美しい。そんなことを思っていると、お父様に声をかけられ私は慌てて顔を上げる。

「もう行くのか?」
「お疲れになったでしょうから少し休んでからと思っておりましたけれど」
「いえ、少し寄りたいところがあるのですぐにでも」

 長距離をずっと休まずに来たのだからもちろん休むと思ったのだけれど、そんなにも急いで行きたいがところがあるのかしら。どんなところなんだろうと興味が湧く。

「そうか。では、今度またゆっくりと食事でもしよう」

 ぜひ、とヴィルヘルム様は返答し、私に手を差し出した。そこへ私は手を重ね微笑む。

「では行ってまいります」

 挨拶をすませた私たちは、レラたちが待つ庭へと向かった。

 庭に向かうとレラが珍しく感情を顔に出し、マルクスさんを睨んでいた。私たちがいない間に何があったのだろう。

「レラ、どうかした?」
「いえ」

 言葉と顔が一致していないのだけれども。マルクスさんに視線を向ければばつの悪そうな顔をしていて、その隣でヨニさんがぐったりしていた。お疲れ様です、ヨニさん。

「マルクス、お前はまた調子に乗って騒いだのか。騒がないと言うから連れてきたというのに」

 ヴィルヘルム様の小言が、子どもに向けて言うような口調で思わず笑ってしまう。少なくとも、成人男子に向けて言う言葉ではない。

「うっ。あんまりにも美人だったんで……つい」
「余計にタチが悪い。迷惑をかけて良い理由にはならないだろう」
「レラさん、すみませんでした」

 マルクスさんがレラに頭を下げて謝罪する。結んだ長い髪が、お辞儀と同時に勢いよく前へと垂れた。悪い人ではないのだろうけれどすべてが軽い。レラは謝罪を受けて、静かに頷いた。

「分かりました」
「本当に? じゃあ、俺の竜に乗る? 乗るよね?」

 レラの不機嫌は、やっぱりこのマルクスさんの軽さか。今はもう無表情だけれど、レラの苦手なタイプだと思う。それでなくても竜に乗るのは初めてで不安だろうし、前世で言うところのチャラ男なマルクスさんのこの態度では安心できないのだろう。そして、おそらく生理的にも受け付けないに違いない。

「あの、レラは初めて竜に乗るので、できれば安全にお願いしたいのだけれども」
「もちろん、安全に一緒に乗りますよ!」

 うーん、と私はヴィルヘルム様を見つめる。ヴィルヘルム様が連れてきたので飛行に自信のある方だとは思うのだけれど、少し不安になってしまうのは仕方が無い。空気のようになっていたヨニさんは、飛行に関しては大丈夫ですよ、と口パクで教えてくれる。この二人から信頼されているんだから、腕は確かなのだろう。

「こんな性格で不安になるだろうが、こいつの飛行は穏やかで安定している。無理はしないで欲しいが、乗っていて気分が悪くなったらすぐに言って欲しい」

 レラにヴィルヘルム様が告げる。
 もちろんレラがそれに異を唱えることはなく、素直にマルクスさんの前へと移動した。

「それではよろしくお願いいたします」
「任せてよ!」

 ご褒美をもらったわんこのように、レラを前にして尻尾をぶんぶんと振っている幻が見える。マルクスさん、レラに気に入られたいなら多分それは逆効果だと思う。格好良いんだけれど、どこか残念に感じられるのは何故だろう。

「出発ですかね」

 ヨニさんが尋ねると、ヴィルヘルム様は頷く。そして、私に手を差し出した。その手を取りながら、私はヴィルヘルム様にお願いをする。

「飛び立つ前に、竜たちと少しだけお話してもよろしいですか?」
「ああ、構わない。その方が、安心するだろう」

 レラを見つめながらそう言ってくれる。ヴィルヘルム様は私のしたいことをよく分かってくれていた。

 私は一頭ずつ目を見ながら声をかける。本当は念じるだけで良かったけれど、周りを不安にさせてはいけないので口に出す。

「今日はよろしくね。……ええ、そうなの。ふふっ、それは性格だものね。そう、分かったわ。初めて乗る子がいるから、加減してあげてね。まあ、あなたは力持ちなのね。よろしくね」
「竜たちはなんと?」
「ヴィルヘルム様の竜は、私が婚約者になったのかと聞いてきましたわ。マルクスさんの竜は、あの……うるさくて申し訳ないって」

 それを言った瞬間、ヴィルヘルム様とヨニさんが噴き出す。レラは遠くを眺めながら笑いを堪えているようだった。本人は恥ずかしさに震えている。ごめんなさい、そのまま伝えてしまいました。

「でも、とても優しくて良い人なんだと言ってました。竜に愛されてますね」
「そりゃ、どうも!」

 投げやりな返事だったけれど、照れているだけみたいだからいいか。

「ヨニさんの子は、荷物をしっかり運ぶねって。あと、皆さんの竜はそれぞれのご主人様のことが大好きですって」
「それは良いことを聞いた」

 ヴィルヘルム様が優しく竜の背を撫でると、キュルルと甘えた声を出す。他の子も自分のご主人様に身を寄せた。

「お前、俺のことがすきだったのかー、そうかそうか。これからもよろしくな、相棒!」

 恥ずかしさは消えたのか、マルクスさんは竜の背に乗り軽く叩く。そしてレラに手を差し伸べた。渋々といった様子でレラがその手を取ると、竜の背へ一気に引き上げる。腕力がすごいなあ、なんて思っているとヴィルヘルム様も私に手を差し伸べていた。
 私もレラと同じように引き上げてもらい、竜の背に乗る。ドレスのままではいつものように乗ることはできなくて、ドレスで乗馬をするように座るとヴィルヘルム様に後ろから抱き抱えられた。鞍はついているので、安定感はあるし不安はない。ただ、ヴィルヘルム様と密着しているので、心臓の音がそのまま伝わりそうで焦ってしまう。
 焦れば焦るほど心臓は早鐘を打ち私は困り果てたけれど、背中から伝わるヴィルヘルム様の心臓も同じくらい早かったから、同じ気持ちなのだと安心したのだった。
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