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41勇者VS暗黒龍

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光の柱が確認されたその日。

モンデセントの国王は、魔王が攻撃を仕掛けてきたと勘違いをした。

勇者が魔王を倒したという発想は、数日前に城で謁見していた為、全くの皆無だった。

それに、あの勇者の実力はきっとまだ魔王の足元にも及ばない。

事実、城の結界外にいた国民全員が倒れている。

何らかの状態異常攻撃。睡眠か、あるいは即死。

結界の外に調査に出た途端、その者も倒れてしまう始末。

原因不明の攻撃に、とてもじゃないが外に出ることなど出来なかった。

己の保身のみを重んじている、国王とその臣下、王妃や娘は。

いつか攻撃は止むだろう。という浅はかな考えは、一日、二日、一週間続いて、国王のイライラは募っていく。



「どうするのですかあなた!」

「えぇい!煩い!どうなどと、ここにいれば儂らは安全なんだ!」

「国王様!城の備蓄にも限界がございます!」

「ならば兵士たちを外へやれ!魔術師は出すな!別の勇者を召喚させるのだからな!」



意味もわからず外に出される兵士たち。

誰もがこの国王では駄目だと絶望して逝ったことだろう。

城の四方から、結界の外に兵士の山ができる。

家臣たちは次は自分たちかもと、国王の反感を買わないようにいつも以上に忠実になった。

自発的に、差し支えない者は理由を付けて外に出したりもした。その大半がメイドだった。

王妃と娘は数名のメイドを残して自室に籠もり始める。

10日程経ち、勇者たちからの音沙汰もない為、国王は決心する。

また新しい勇者を召喚しようと。



「魔術師を呼ばんか!」

「ですが国王様…前回の召喚より時間が経っておらず、魔石が耐えられません…!」

「魔石が耐えられずとも!魔術師どもの命で贖えばよい!連れて参れ!」



命令を聞くしかなく、やがて現れたローブで顔を隠した魔術師たちが謁見の間にやってきた。

呼びに行った家臣は戻って来なかったが、国王には周りが見えていなかった。

数人の魔術師を従え、城内の少し離れた塔の中へ入っていく。上に続く階段ではなく、隠し地下に入り長い螺旋階段を降りる。

いつもより静かで、仄暗い通路は、国王の心をゆっくりと蝕んでいくようだった。

一番下まで降り、長い廊下の先にドーム型に広がる部屋に入ると、中央に幾重にも鎖で繋がれた黒い魔石が宙に浮いている。

下の地面には魔法陣が描かれていた。

大人一人分くらい大きい魔石の輝きは鈍く、今にも消えてしまいそうだ。



「さあ魔術師ども!次の勇者を召喚せよ!」



勇者を召喚する為、円陣を囲むように散らばる魔術師たち。

国王はふと我に帰った。

宮廷魔術師は5人の筈では?

ここには国王を含めて9人いる。

国王意外は全員ローブを着込んで。



「…待て、お前たちは」

「『防壁』」

「ぅおぉぉぉらっ!」

ギィぃぃぃぃン!



鎖を断ち切る音が響いた。

もちろん、防壁を張られた国王の耳にも届いている。



「な、なんじゃ?!」

「はぁ…ちょっとエタン、早いわよ」

「悪りぃ…目の前にすると我慢出来なくてぇ…」



防壁を内から拳で叩いても、そこから出ることが出来ない。腰にある見せ掛けの剣も、防壁を破れなかった。



「…お久しぶりですね?国・王・さ・ま!」



バサッとローブを脱いだその女は、勇者召喚の時に巻き込まれたただの魔法使い。



「黒髪に黒目の!お前…?!」

「あら、覚えてくれていたのですか?至極光栄です」



優雅にお辞儀する、勇者にレーナと呼ばれた少女だった。



「何をしにここへ来た!どうやって城に入ってきたのだ!」

「…兵士もいないし、メイドもいない。あんな数人の家臣だけで、賊に入るなと言う方が難しいですよ」



両手を広げてやれやれとポージングする。

その間にも、エタンと周りのローブを着た者たちは各々の剣や魔法で魔石を攻撃する。

鎖は次々と壊れて落ちていく。



「やめろ!それを壊すな!壊したら城の…!」

「城の結界が消えますか?」

「うっ!」



バツが悪そうにレーナを見る国王。

玲奈は人差し指を口元に持っていき、首を傾げてぶりっ子の様に振る舞った。



「古の勇者へ向けて使われた、隠蔽が消えちゃいますかねぇ?」

「お前どこでそれを?!」

「レーナ」



ローブの一人がレーナの元へ走ってくる。

見ると魔石に繋がれていた鎖は全て失くなっていた。



「…鎖を切ったとて、あれを壊すには勇者の力がなければ…」

「いますよ」



レーナの隣に立っていた、ローブを取ったその者は、10日程前に見た勇者だった。

ただ髪色と瞳の色は黒になっていたが。



「お前ぇ?!…黒ではないか!お前も勇者ではなかったのか!」

「いえ、ステータスには勇者と。でも私は以前の世界ではこの色でしたので、変えて貰ったのです…精霊術師である玲奈に」



精霊術師。今はもう見ない筈の職業で、髪色を変えるといったスキルを使えるなんて聞いた事がない。

自分で魔法を創られる、創造魔法ならば、あるいは。



「はっ!お前…!?」

「『遮音』」

「……………………!?」

「…魔石が壊れるのを、静かに見ていてね」



国王の声が外に漏れる事はなくなった。

真の勇者に蔑む目で見られ、国王は肩からがくっと崩れへたりこんだ。



「さぁ、緋色。今こそ勇者の出番よ。これでエタンが解放されるわ」

「わかった!」



弓を構え、スキルを使用する。



「『一撃必中・聖』」



緋色が唯一持っている弓の必殺技であり聖魔法のこのスキルは、自分の持っているMPで攻撃力が決まる。MPが1残るように調節する事が可能なため、倒れてしまう事はない。

だが無惨にも、光の矢は魔石にぶつかる前に見えない壁に阻まれ消滅してしまった。



「…そんな…!私じゃ無理なの…?!」

「緋色、もう一度やってみよう?次は、私のMPも渡すから」

「…うん…!」



もう一度矢をつがえる緋色の肩に手を添える。



「『一撃必中・聖』!」

「『魔力譲渡』!」



先程よりも白く発光した矢が魔石にぶつかると、ギュルルルと魔石の手前で矢が回転して少しずつ進んでいく。矢と緋色は光の線で繋がっていた。

物凄い勢いで魔力が緋色に入っていく。

魔力が足りなくなるかもしれない。

光の矢が魔石に当たり、玲奈の中の焦りは杞憂に終わった。

閃光と共に魔石は砕け、その光の中から不釣り合いな黒い影が、エタンの中から霧散していく。



「エタンを抑えて!」



玲奈の声に3人がエタンを抑えつける。閃光が収まると黒い霧は徐々に形を作り、龍のような姿になった。エタンは気を失い、その場に倒れる。

3人はその存在に唖然とし、緋色はその場にへたりこんでしまった。



『…長き眠りから解き放たれた…二人の勇者よ、礼を言う…。最後の願いだ…我を無に戻せ』



へたりこんだ緋色の肩に手を乗せて、耳打ちしても緋色は腰を抜かしたみたいで無理だと首を振る。

仕方ない。



「光の精霊よ、もう一度私に力を貸して」



どこからともなく現れた無数の光は、私を包み力を貸してくれる。

闇の暗黒龍、光の勇者。対峙すると暗黒龍は頭を垂れた。龍の鼻先に手を翳すと、光が暗黒龍に伝っていく。



「…さようなら…暗黒龍…」

『…ありがとう…真の勇者よ…』

「『ホーリーフラワー』…良い夢を…もう復活しないでね?」

『…さぁ…な…』



何か不穏な一言を残して、暗黒龍は散って行った。

米粒くらいの黒いモヤがふよふよと浮き、拠り所を求めて玲奈のお腹の中に入って行った事は、誰も知る由もなかった。
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