黒の魔法使いの回顧録 ~シンデレラの物語~

柚月 明莉

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第1話『旅に出よう』

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昔むかし。

ある王国で、王子様の結婚式がありました。

穏やかな気候の中、快晴に恵まれた日に、厳かに行われました。

各国から招待された賓客のみならず、国中の人々から2人は祝福されました。



凛々しく、幼い頃から『天才』、『鬼才』と評された秀麗な王子様。

その王子様に負けず劣らずの美貌を持つ、天使のように美しい姫君。

お互いを見つめ、穏やかに微笑む彼らは、まさにお似合いでした。



結婚式自体は、歴代王族のそれに比べれば慎ましやかなものでしたが、主役2人が揃うととても華やかな場となりました。

この国の未来を更に明るくしてくれるだろう2人に、誰もが祝福の言葉を捧げています。













「…………──あーあ。嬉しそーな顔しちゃって…………」







一転。

お城で盛大に開催されている式を、遠目から眺めている者がありました。



闇夜を思わせる漆黒の髪と、瞳。

女性であれば羨むであろう、日焼けを知らぬ白い肌。

そう。

シンデレラを舞踏会へと連れて行った、黒の魔法使いです。

お城のずっとずっと隅にある塔の窓に腰掛け、結婚式の様子を眺めています。

幸せそうに微笑み合う彼らを見て、ふふ、と笑っていました。



本当は近くまで行って祝いたかったのですが、自分の相貌が周囲からどう思われるのか痛い程知っていたので、敢えて遠目から眺めていました。

この国で、黒色は凶兆の色とされています。あの祝いの場へ行けば、主役2人以外の者全てから拒絶されるでしょう。



幼少の頃、大病からの快復と引き換えに、大切なものを失った王子様。

そんな彼を──いいえ、彼女を1番近くで見てきたからこそ、その幸せを何よりも強く願っていました。



「……一目惚れって聞いた時は、目ん玉飛び出そうだったけど……」



比喩でも何でもなく、本気でそれぐらい驚愕したことを、彼は今でも鮮明に覚えています。

傍目からはすぐ分からない程の微々たるものでしたが、王子様の変化を見逃しませんでした。

走り去る少女の──本当はシンデレラ少年ですが──背中を見つめる王子様は呆けたような面持ちで、けれども耳がほんのり赤く染まっていて。

掠れるような小さな声で、頼りなさそうに呟いたのです。







「…………──あの子に、また、会えないかな…………」







普段の冷徹さからは想像もつかない程の、儚い声。

その様子に魔法使いも心打たれ、一肌脱いでやるかと発起したのです。



(でもまさかそれで国中走り回らされたり舞踏会の根回しさせられるとは微塵にも思ってませんでしたけどね!)



早口で一気に呟きます。

心の中で、ですが。



はあ。



一息ついて、うーんと伸びをしました。

今日は澄みきった青空で、雲もまばら。

まさに、佳き日です。



ようやく肩の荷が下りた気がして、魔法使いは──クロムは、うっすら満足そうに微笑みました。













◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇











「──ということで、旅に出ようと思う」



「何が『ということで』だ?  1000文字以上で説明してみろ」



長い足を優雅に組み、豪奢な椅子に腰掛けている王子様に、ぴしゃりと返されました。黒の魔法使いは、早速ジャブを食らって撃沈中です。



「おま……本当容赦ねぇよなァ……」



アイタタターと呟きながら、魔法使いが身を起こしました。慣れとは恐ろしいものです。



「……あれ、てかオヒメサマは?」



シンデレラのことを、彼は『オヒメサマ』と呼んでいます。勿論本人に向かっては言いませんが、此処には王子様しか居られないので気にしちゃいません。



シンデレラのことを問われた王子様は、あぁ、と溢し、軽く前髪を掻き上げました。その仕草は酷く艶かしく、フェロモン駄々漏れです。



「彼ならまだ寝ているよ。昨日は随分無理をさせたからな……」



そう言って、くすりと微笑む王子様。妖艶そのものです。

王子様と接する機会の少ない者であれば、この微笑と声音に腰砕けになったことでしょう。

しかし残念なことに、居合わせているのは魔法使いだけです。



「あそー。あんま無理させんなよー」



王子様のフェロモンを華麗にスルーして、ふわぁあと大きく欠伸をしました。

それを眺めながら、王子様は形の良い眉をひそめます。



「何だお前。寝ていないのか?」



「んんー、ちょっとね。調べ物しててさァ」



「調べ物?  ……それは、旅に出ることと関係しているのか?」



「そーね。いや別に大したことじゃねーんだけど、そろそろお袋探しに行こうかと思ってサ」



魔法使いのお母さん──。

それは即ち、王子様の病気を完治させた稀代の魔女のことです。

今はお城を出て、王子様の『代償』を取り戻す方法が無いものかと、世界中を旅しながら探しています。



──が。







「…………──お袋、また何かやらかしてんじゃねーかと心配になってきてさァ…………」







「…………」



遠い目をして呟く魔法使いに、王子様も思わず沈黙しました。

あり得ない。

そう一蹴できなかったからです。

重苦しい空気に包まれる中、王子様が声を振り絞りました。



「…………否定は、出来ない……な……」



「……だろ……」



ははっ。

草臥れた面持ちで、無理に笑う魔法使い。

王子様も知らず目を逸らしています。



かつて、あの魔女がこのお城に居た頃。

城内は常に大騒ぎでした。

やれ魔女が消えただの、秘宝庫の鍵が開けられているだの、中庭の一角で小火ぼやがあっただの、魔女の姿が依然見付からないだの、調理室で摘まみ食いがあっただの、王様の冠が見付からないだの、井戸水が氷になっているだの、他にも他にも。

兎に角騒々しい日々であったことは、昨日のことのように思い起こされます。



起きる問題自体はそう大したことではないので、国民には告知されていませんでしたが、事態の収拾が大変でした。



秘宝庫の厳重な筈の鍵を開けたのは、中に何があるのか見てみたかったからで、見た途端に興味を失ってポイ。

中庭の一角で小火ぼやを起こしたのは、魔法の練習中に余所見をして失敗したから。

調理室での摘まみ食いは、つい出来心で。

王様の冠を拝借したのは、格好良さそうで真似したかったからで、1度被ればもういいやとばかりにポイ。

井戸水を凍らせてしまったのも、魔法の練習中に……以下略。



そうして本人は周囲からしこたま怒られた後で、言うのです。







「ごめんねー☆」







ぺろっと舌を出して謝る姿は、小さな子どもそのもの。

悪気が無い分、余計に質が悪いと皆が頭を抱えたものです。



黒の魔法使い──クロムは、そんな母を見ながら育ち、彼女のフォローをする毎日でした。



母が「ちょっくら旅に出てくるわ!」と窓から箒に乗って飛び出して行った時は、解放感に満ち溢れていました。喜びの涙を滝のように流す程に。



そして、何の音沙汰も無いことを特に気にも留めずに、またいずれ戻ってくるだろうと思って、放置していました。

臭いものには何とやら、です。



──が、しかし。



いい加減、そろそろ何か仕出かしていそうな気がしてきたのです。



あの彼女が、こうも長い間静かにしていたことの方が驚きだと、そう言っても過言ではありません。











黒の魔法使いは空の彼方をぼんやり見遣り、1度目を閉じました。

それから深く深く呼吸を繰り返し、意を決して王子様に顔を向けます。



「──ということで、旅に出ようと思う」



先程と同じ言葉ですが、内包される重みが違いました。

王子様は重々しく頷き、珍しくも言葉を選びます。



「……そうか…………。……達者でな」



「やめて。もう2度と帰って来ないみたいな言い方マジやめて」











続きます(^^;)
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