シンデレラの物語

柚月 明莉

文字の大きさ
上 下
5 / 8

第5話

しおりを挟む







あの後すぐ、シンデレラは魔法使いと合流することが出来ました。

やはりあの黒猫は、彼が変身していたものでした。どうして分かったのかは、自分でも分かりません。

シンデレラが涙を流していることに驚いた彼は、一体どうしたのかと心配しましたが、見知らぬ人達の中で不安だったので、魔法使いに会ったことで緊張の糸が切れたからと説明しました。少し苦しい言い訳でしたが、彼はそれ以上追求してきませんでした。



夢の時間は、あっという間。

魔法が解けたシンデレラは、いつものみすぼらしい格好に戻りました。

自宅である屋敷まで魔法使いに送り届けられ、自室に辿り着いて、ようやくほっと力が抜けました。緊張が解れ、やっとのことで一息つくことが出来ます。



(…………──僕には、過ぎた夢だったなぁ……)



あの、きらびやかなパーティー会場。

思い思いに着飾った、美しい人々。

用意されていた料理や飲み物、飾ってある花まで、どれもが美麗で初めて見るものばかりでした。

それだけでも充分わくわくしたと言うのに。



(…………王子様…………)



誰よりも輝いていた、黄金の瞳の麗人。

あんな雲上の人と、シンデレラはダンスをしたのです。それも何度も!

あんなに楽しかったのも、どきどきと胸が高鳴ったのも、昔に妹と遊んでいた頃以来でした。

こんなに素晴らしい思い出は、もうきっと無いでしょう。

そして──。

もう1度会う機会など、金輪際やって来ないでしょう……。



シンデレラは再び溜め息を吐いて、ぼんやりと手元を眺めました。

其処にあるのは、あのガラスの靴。

魔法使いが記念にと、これだけ残してくれていました。

ガラスの靴をそっと撫で、王子様を思い浮かべます。

せっかく引き留めてくださったのに、振り切って逃げてしまい、申し訳ない気持ちで一杯でした。けれど同時に、楽しかったなぁと満足感も抱いていました。



(…………どうか、お元気で──…………)











翌日。

舞踏会があった、次の日のこと。

お城から国中に、あるお触れが出されました。

曰く。

昨晩出逢い、共に踊った美しい姫に、王子様が大層ご執心されている、何としてでも探し出すように、とのことでした。

しかも見付け次第、その者と結婚する、と仰ったそうです。



王国は上から下から大騒ぎでした。

特に妙齢の女性は、自分こそが!と息巻いています。

と言うのも、その姫の名前が分からない為、お城の偉い方々は、落とし物で見付け出そうとしているからです。

その、落とし物とは。











ぱりん!



「きゃっ!?」



「な、何をやってるんだい、シンデレラ!  そのお皿は高いんだよ!!」



「ご、ごめんなさい……!」



するりと手から抜け落ちた皿が、シンデレラの足元で粉々に砕け散りました。淡い水色の絵具で描かれていた花模様が、見るも無残です。

継母達に謝罪しながら、箒と塵取りを手に、シンデレラは慌てて片付けました。
呆れて溜め息を溢す彼女達を後目に、懸命に自分を落ち着けようとしています。まるで、どきどきと心臓が暴れているようです。



(……お、王子様が……!?)



まさか、自分を探しているとは。

それも落とし物は、あのガラスの靴です。シンデレラの足に合うように魔法使いが誂えてくれた物で、しかも片方は自室に隠してあります。

継母達の話によれば、あのお城に落としてきてしまったガラスの靴を履いて、ぴったり合った者こそが、件の姫だと言うのです。
確かに間違っていません、名前も分からぬ者を見付けるには、妥当なやり方とも言えるでしょう。国中の娘に履かせれば、いつかは辿り着けます。



「でもお母様、国中の娘に、って……」



義姉が訝しげな表情で、ちらりとシンデレラに目をやりました。床に這いつくばって掃除をしている彼女を見る様は、とても義妹へ向けられたものとは思えません。

娘の心配を察して、継母がころころと笑いました。



「大丈夫だよ。あの子は屋根裏部屋にでも押し込んでおけば良いのさ。お城の遣いの方が来ようと、あの子は関係無いんだから」



「そうですわね、お母様の仰る通りだわ」



「そんなことより自分の心配をおし。昨晩のお姫様は大層お綺麗で、細身の方のようだったよ。お前と背格好は似ているかね……」



「任せて頂戴、お母様。何としてでも、落とし物の靴を履いてみせるわ!」



「そうそう、その意気だ。上手くいけば、玉の輿だよ!」



凄い会話です。継母も義姉も、王子様の探し人に成り代わる気満々です。

シンデレラはそれを遠くの方で聞きながら、早く騒ぎが落着することだけを祈っておりました。



(…………当日は、隠れていなくちゃ…………)



そうしておけば、嵐は勝手に通り過ぎて行くのですから──……。









とは、参りませんでした。

そうです、皆様のご存知の通りです。

お城の使者は、屋敷の奥に隠れていたシンデレラに気付き、連れてくるよう命じ、靴を履かせました。

すると、どうでしょう。

シンデレラの白い足が、するりと靴に収まったではありませんか!

何とか靴を履こうと四苦八苦していた義姉達は、それを見て絶句しています。愕然、という言葉がぴったりです。



シンデレラはめでたく、王子様の探し人としてお城へ連れて行かれ、無事に再会を果たしました。

感動の再会に国中が沸き上がり、人々は揃って祝福を送ります。

こうしてシンデレラは、ようやく幸せを掴n





「ちょっと待って!!  私……僕は男だよー!!!」





あ。

そうでした。







しおりを挟む

処理中です...