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第二章 戦争に駆り出されます
第15話 ニーナ女王
しおりを挟む「女王陛下のおなーりー! おなーりー!」
兵はそう繰り返す。
俺は下げた頭からちらりと広間の様子を伺った
すると、奥の通路から世にもあでやかなドレスが入るのが見える。
スレン王国の女王、ニーナ・スレン・ムーンブルクだ。
「みなさま。面をお上げくださいまし」
鈴のような声が広間に響く。
コルセットに絞られたウエストに花のようなレエス。
まだ少女の年ごろで顔立ちにはあどけなさも残るが、プラチナ・ブロンドの長い髪はその印象をみごと大人びさせており、花の刺繍の縫い込められた格調高い乳房にも華々しい権威があった。
「よくぞお集まりくださいました。王国を代表して感謝いたしますわ」
ひざまずく地方領主たちはいっせいに「めっそうもございません」と返す。
四十、五十の男たちがまだ二十歳に満たない少女へひれ伏すさまは、前世の感覚から見るとより壮観だ。
「西の共和国にはすでに宣戦布告が通達されております。日時は一週間後、古代竜の古戦場にて。みなさまの奮起を期待しておりますわ」
ニーナ女王が戦争の概要について言い終えると、大臣が進み出て、このたび召集に応じた領地とその兵数を読み上げ始めた。
「ボット領500名。アドリニア領700名。ライオネ領1200名……」
おおー!
兵数が千を超えると、場に歓声が起きる。
多くの領地が500~800ほど。
少ない領地も200~300は兵を連れているらしい。
「ガゼット領800名。そして最後……ダダリ領1名」
その時、広間に「わははは!」と爆笑が起きた。
チッ、笑うと思ったぜ。
御前で暴れるわけにもいかず、俺は心で舌打ちをしつつも黙ってやり過ごそうと思ったのだが……
「黙りなさい!」
と一喝したのは、ニーナ女王だった。
「へ、陛下……」
「なにかご不満が……?」
「なんという下品な笑いですの? たとえ一兵だとしても王国のために駆けつけていただいたことに違いはありませんわ。とりわけダダリは小さな領地。その精一杯の厚意のどこに笑うところがありましょう」
「うッ……」
「……それは」
女王の叱責に場はひどく恐縮し、水を打ったように鎮まる。
パチパチパチ……!
だが、そんな中でひとりだけ悠然と拍手する黒ひげの男があった。
「さすが陛下! 私ライオネ領伯爵、いたく感服いたしましたぞ!」
あの宝石まみれの趣味の悪いマントだ。
こいつライオネ領主だったのか。
黒ひげは続ける。
「それに、先ほどダダリの新領主殿は『たとえ一兵でも働きが十分であれば問題はない』とおっしゃっておりました。そこまで申す以上、彼一兵で並みならぬ武勇をお持ちに違いありません」
「まあ! 頼もしいですわ。やはり殿方はそうでなくては」
若き女王の熱いまなざしが俺へ向くが、逆に『針のむしろ』である。
「しかし、そうなるとどうしても目の前でその腕前を拝見したくなるというもの。のう? 皆の衆?」
ライオネ領主がそう尋ねると、場には「そうだ!」「そうだ!」と声が上がる。
「どうしろとおっしゃるのです?」
「はッ。私にはちょうどダダリ新領主と同じ年の頃の子がおります。是非このふたりで御前試合を催させてくださいませ。よき試合は戦争への士気高揚にも繋がりましょう」
すると女王は俺に向かって尋ねる。
「伯爵はそうおっしゃいますが、ダダリ新領主。あなたはどう思いますか?」
「は、はあ……ええと、望むところです」
俺もそう答える他ない。
「それではそのようにいたしなさい」
「ありがたき幸せ!」
「試合は明日にいたしましょう。今日のところはみなさま城にて英気を養ってくださいまし。それではごきげんよう」
そう言って女王は広間を去って行った。
領主たちも皆ホッと息をつくと、ニヤニヤと俺の方を見ながら部屋を去っていく。
チッ、御前試合か。
面倒くせーなあ……
俺はそんなふうにため息をついて広間を出たが、その時である。
「アルト殿。また会ったな」
「……あ、あんたは」
広間の扉のわきに、関所で出会った全身鎧の女騎士が立っていたのだった。
確かナディアとか言ったっけ?
「ふふふ、正直に言えばあとを追ってきたのだがな。来てみればずいぶん面白いことになっている」
「チッ、何が面白いだよ。他人事だと思って……」
「そなたの実力を、皆が知るところとなる。それにあのいけすかない連中の鼻を明かしてやれるではないか」
「くだらねえな」
俺は彼女に背を向けて去ろうとするが、後ろから肩をガシっとつかまれて立ち止まる。
「待て。御前試合には応じておいて、私との立ち合いは拒否するのか?」
「うッ、それは……」
鉄仮面が俺をジロリとにらむ。
「ククク……まあ、今はおとなしくしていよう。しかし、戦争が終わったら貴殿にはきっと立ち合ってもらうぞ。よいな?」
そう言ってナディアは立ち去っていった。
やれやれ、相変わらずヤベーヤツだな。
でも、あの女騎士と立ち合うつもりはない。
俺には女を打つことはできねえのだから。
◇ ◆ ◇
「……ダダリの若造め。かかりおったな」
城下の宿舎に帰ってきたライオネ領主は、黒ひげをなでながら訓練所へ入った。
そして、ダミー人形の前で剣を振りポニーテールの栗毛を舞わせる愛娘に声をかける。
「ステラ。ちょっと来なさい」
「えー、何よパパ。今訓練中なんですけどぉ」
「……よいから来るのだ。悪い話ではないから」
娘は最近父に冷たく、それは大きな悩みのひとつなのだけれど、何とか連れて御前試合のことを話す。
「えー、マジでぇ? ヤバぁ!」
「うむ。この御前試合で力を見せれば、王都の騎士団に入ることもできるだろう」
「ちょっとちょっと、パパにしてはなかなかやるじゃーん」
言葉に棘があるような気がするが、喜ぶ娘を見て悪い気はしない。
「お前のことだ。大丈夫だとは思うが、必ず勝つのだぞ?」
「あはは! パパ、あいかわらず心配性なんだからー。大丈夫だって。任せなよ!」
ステラはそう言ってまた訓練所へ戻って行った。
娘のステラは女ながら師範に「十年に一人の逸材」と言わしめた剣の天才。
しかし、彼女は若干16歳であり、世間はまだそれを知らない。
ダダリの新領主が娘に負ければ『娘っ子にすら勝てない軟弱者』と侮られ、その面子は失墜するだろう。
「トルティは飲んだくれのくせに単騎でそこそこ厄介なヤツだった。……しかし新領主がトルティほどの武を持ち合わせないと思えば、北のガゼット領や南のベネ領はダダリに攻め入るはず。さすれば、我がライオネ領は『救援軍』として堂々とダダリへ兵を進めることができるというもの。ククク、ハハハハハ!」
ライオネ領主は黒ひげをなでながら笑い続けるのだった。
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