寿命に片思い

赤衣 桃

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船で死にたくなりました

恋情

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 昼休み。オツノカナデはヨクナリ中学校の屋上で、お弁当を広げている。天気も良く、暖かな空気に包まれつつ玉子焼きを頬ばっていると、足音が近づいてきていた。
 屋上のはしっこのほうで、うれしそうに頬をふくらませているカナデを、遠巻きに見ている生徒達を嘲笑うかのようにカミシロマヤは話しかけている。
「カナデさん、ごきげんよう。わたくしも、一緒に食べさせてもらって良いかしら?」
「別に、良いですけど」
 なにかを探しているのか、カナデがマヤの周りを身体を揺らしながら見ていた。
「どうかしました?」
「カミシロさんとキスしていた制服を改ぞうしている人がいないと思いまして」
「誰のことですか? そんな人と、わたくしはつき合っていた覚えがないのですが」
「そうですか」
 わたしの気のせいか、とでも言いたそうな顔をしながらカナデはハンバーグを口の中に運んでいる。
「本当、幸せそうに食べるわね」
 マヤの声が聞こえなかったようで、その隣に座っているカナデが、とても不思議そうに首を傾げていた。
「食べることは好きなの?」
「はい。きらいなものがないので、なんでも食べられますし」
 今まで食べてきたものは全て美味しかったですね。と、カナデは唇を震わせている。
「カナデさんは食べてきたもの全てに感謝をしているのね」
「そんなに、きれいなことでもないですよ。そう思わないとやってられないだけかと」
 カナデの今の言葉を聞いたからか、マヤが驚いた表情をしている。笑ってしまうようなことでも思いだしたのか唇のはしっこをゆっくりと上げていた。
「カナデさんでもやってられないと思うことがあるなんて、驚かされたわ」
「はあ。ま、わたしも人間ですからね。それなりに悩みの一つや二つはありますよ」
「例えば?」
「例えば、ですか」
 どうして、そんなことを話さなければならないのだろうか? とでも言いたそうにしていたが。
「肌が白くて幽霊みたいだな、とか」
 カナデは律儀に答えている。
「コンプレックスって、他人からすると自慢に聞こえてしまう場合もあるのね」
「肌が白いと吸血鬼に襲われなさそう、とかですかね?」
「こんな天気の良い日に、吸血鬼も襲いかかってこないでしょう」
「それもそうですね」
 会話をできているはずなのに、かみ合ってないような気がするからか、マヤは額の辺りを指先で押さえていた。
 深く考えることをやめたらしく顔を左右に軽く振り、マヤはもってきていたポーチから弁当箱を取りだすと。
 カナデは目を丸くし、箸で挟んでいた白飯をこぼしている。
 自分とマヤの弁当箱の大きさを比べているようでカナデは交互に見ていた。
 マヤの小さな弁当箱を見て、お腹が空いてしまわないか心配になったのか、エビフライを箸でつまみ。
「良かったら、どうぞ」
 カナデは、隣に座っている彼女の口もとにそれを近づけていた。
 カナデの好意であろう動きに戸惑っているようで、マヤはかたまっている。が、目の前のエビフライがとても魅力的なのか、のどを鳴らしていた。
「カナデさんがどうしてもわたくしに食べてほしいのなら、食べてあげますけど」
 いささか、マヤの言っていることが分からなかったようでカナデは首を傾げている。
「えっと。じゃあ、どうしても食べてほしいので食べてもらえますか」
 傾けていた首をもとに戻しつつ、カナデは淡々と唇を動かしていた。
「誰に食べてほしいの?」
「カミシロさんに、です」
 なんの感情もこもっていない、シンプルな台詞のはずなのに。マヤはうれしそうに笑みを浮かべている。
「他人になにかを食べさせたい時は確か、うにゃーんって言ったと思うんだけど?」
「あーん、だったような。ま、カミシロさんがそっちのほうが良いのなら、それで」
 うにゃーん。と言うのは恥ずかしいとでも思ってしまったのか、カナデがマヤから目を逸らしている。
「う、うにゃーん」
 声を震わせながら、カナデがそう言うと。小気味の好い音を鳴らし、マヤがエビフライにかぶりついていた。
「まあまあね」
「ありがとうございます」
「ん。カナデさんがつくったものなの?」
「そうですね。お、兄さんは料理が下手なので普段から」
 カナデが箸でつまんでいる、エビフライの残りを。マヤは口の中に入れて、頬をふくらませている。
 いきなりのことだったので驚いているのかカナデはなん回もまぶたを開閉させていた。
「やっぱり、美味しかったわ」
 唇にくっついていたエビフライの衣をなめ取り、マヤはほめている。
「それは良かったです」
「なにか食べたいものはありますか?」
 カナデからエビフライをもらった、お礼のつもりなのか、マヤが自分の小さな弁当箱を差しだしていた。
「そんなに少ないのに、取っちゃったら」
「エビフライをもらったんですから同じものを返すのが礼儀かしら」
 そう言いながら、マヤは赤く小さなエビをカナデの口の中に入れている。
「ほら。もっと奥に入れないと、エビを落としてしまうわ」
 唾液がつくのもかまわずに、カナデの唇の隙間をすり抜けるように箸をゆっくりと押しこんでいるマヤ。
「美味しい?」
「ええ。美味しいです」
 箸を引き抜いて、うれしそうに笑っているマヤの言葉に、カナデは軽く首を縦に振っていた。
「それよりも良かったんですか? せっかくのきれいな箸にわたしの」
「自己評価が低いのね。今、この箸をオークションにだしたら、家が建つくらいの値段がつくのに」
「それは、かなり大げさかと」
 あの兄さんだったら、それくらいの値段をつけてしまうかもしれないですが。とカナデは続けている。
「この間は、ごめんなさいね」
 しばらくだまっていたかと思うと、なんの前触れもなくマヤはカナデに謝罪の言葉を口にしていた。
「この間?」
 首を傾げているカナデに、マヤがその時のあやまちのことを言っているみたいだけど、なぜか声が聞き取りづらい。
「わたしは気にしてませんよ」
 なんのことか分かってないような顔つきをしているがカナデはそう唇を動かしている。
「わたくしは気にしているんですよ。もしもカナデさんに」
 途中で話すのをやめ、マヤは大きく左右に首を振り。先ほど、カナデにあげたのと同じ赤いエビを自分の口の中に運んでいた。
「そうよ。謝罪だけじゃなく、なにかカナデさんの願いをかなえるのが筋ってものよね」
「筋、ですか」
 思わぬ展開に戸惑っているのか、カナデがなにかを言いたそうにしている。
「えっと、わたしは気にしてないので。その願いやらなんやらは別に良いような?」
「それこそカナデさんが気にする必要のないことよ。これはわたくしなりのけじめのつけかたみたいなものなんだから」
「カミシロさんが、そう言うのなら」
 マイルールと言うのか、マヤの考えかたを否定する理由もないからか、カナデは要求のようなものを聞き入れていた。
「それで愛しのカナデさんはわたくしにどのような願いを?」
 そう言われて、わたしは。



 今、改めて考えてみると。確かにカミシロさんの言っていたように、友達だったのかもしれないな。
 だからこそ、あの時に。
「くつろぐのは良いが、男の部屋のベッドで寝転がっているってことを忘れるなよ」
 ベッドの上で寝転がったままで、声のしたほうに視線を向けると、座っているツチウラくんの背中が見えた。
 本でも読んでいるからか、少し前のめりになっているような気がする。
「おはようございます」
「ああ。おはよう」
 ゆっくりとベッドの上で身体を起こしつつなんとなく自分が着ている服を確認。
「なにをしているんだ?」
 ベッドの振動で、わたしが動いていることが分かるのか。背中を向けたままでツチウラくんが聞いてきている。
「あー、えと。こんなメルヘンチックな服を着ることになるとはな、と思いまして」
 赤い頭巾を被っていて、オオカミを。
「似合っているぞ」
「ん?」
 わたしの気のせいか、ツチウラくんのほうから声がしたような。
「ツチウラくん、なにか言いましたか?」
 そんな質問をしつつ、ベッドの上に座っているツチウラくんの傍らへと、四つんばいで近づいていく。
「ああ、悪いな。このレコードの日記を読ませてもらっていたんだ」
 本を読むのに夢中になると、書かれていることを口にしてしまう時があるんだ。そう、ツチウラくんが説明をしている。
「そうなんですね。話は変わりますが、この船にのって、今日でなん日目でしたっけ?」
 ツチウラくんの隣に座りながら、あんまり興味のないことを聞いていた。寝起きで頭が混乱しているのかな。
「確か、六日目のはずだが。ホームシックにでもなってきているのか? 後二日ほどで、帰ることができるのに」
「いえ。そろそろおわりだな、と思って」
 それにどちらかと言うと、家にいるだろう兄さんのほうがホームシックみたいになっていると。
「名残惜しいのか?」
 普通ならば、その質問はクルーズに対するものなのだとは思うが。わたしの性格が悪いからか、ツチウラくんがその言葉を口にしているせいか、全く違う意味に聞こえた。
「名残惜しいと、思いますね。罰ゲームとは言え、ツチウラくんみたいに趣味の合う人と一緒の部屋ですごせなくなるのは」
「本当か?」
「本当ですよ。わたしは今まで一回もうそをついたことがありませんからね」
「そうか。それなら、たまには一緒に朝ご飯でも食べにいかないか?」
 おれと一緒にすごすことができなくなるのが名残惜しくなってきているんだろう? とわたしに断られないように念押しをしているツチウラくん。
「わたしは良いですけど。ツチウラくんは、これから眠らないといけないのでは」
「そうも言ってられなくなってきている可能性もあるからな」
 マイルールまでは破らないとは思うけど。ツチウラくんが小さな独り言を口にしていたのか、唇が動いていた。
 普通の服に着替え、わたしはツチウラくんと一緒に部屋をでていく。閉じかけている扉を見て、なんとなく。
「そう言えば、この船の部屋ってどれも基本的に同じような感じですよね」
「そう聞かれてもな。おれは他のメンバーの部屋にいってないからな」
「わたしの部屋にいきます? ご主人さま」
「なにかのゲームで誰かさんが本気で勝負をしてくれるのなら、部屋にいっても良いかもしれないな」
 冗談まじりにツチウラくんがそんなことを言っている。わたしが口にするであろう台詞を、分かっているつもりなのか歩きだそうとしていた。
「心配しなくても近いうちに。ツチウラくんのその願いごとはかなうと思いますよ」
「うそは」
「ご主人さまに、うそはつきませんよ」
 はっきり、わたしがそう言うと。ツチウラくんが足をとめ、こちらに目を向けている。
「そうか。それは楽しみだな」
 再び歩きだしたツチウラくんのほうに近づいて、わたしは彼の右手を握りしめていた。
「心配しなくても、まだ時間はある」
「そうですね。ご主人さま」
 手を握られることは、いやではないようでツチウラくんは普段の目つきの悪い顔のままで。
 わたしのお腹から、音が響いていく。
「なにか、聞こえましたか?」
「いや。おれは耳が悪いからな」
 失敗した福笑いみたいな表情になっているツチウラくんがわたしと目を合わせないように顔を逸らしていた。
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